第九章「暗闇の宝探し」





「警察は犯人から犯行声明文が録音されたテープを所有していた事を市民に黙っていたわけですよね?」

「犯人から声明文と言う有力な証拠が届いていたにも関わらず
再び精神異常者と、自殺者を出してしまった事について、どう責任を取るつもりですか?」

「そもそも警察はちゃんと捜査をしていたんでしょうか?また不祥事で片付けるおつもりですか?」


事の重大さを受け止めた本庁は、マスコミに対して正式な記者会見に望んだ。
犯人らしき人物から送られて来たテープの存在が
一体どこからマスコミに流れたのかは不明であったが
内部告発によるものとして本庁は受け止めていた。
テープの存在が明るみになったメディアは、まるで天変地異が起こったように大騒ぎとなった。
まずマスコミ各社に良い様に叩かれた本庁は、その責任の追及に襲われ
それに追い討ちを掛けるように、今度は新聞社に罵られた。
第2連鎖から一夜明けた今日、どの新聞にも

「警察の不祥事!?犯人から届いていたテープを隠し、独自の捜査!
その結果は無惨!死者の責任どう取るのか?」

と言った具合で徹底的に叩かれる結果となってしまった。

市民やマスコミからの批判は、何も本庁だけではなかった。
ここ水上警察署にも市民からの怒りの苦情が朝から殺到している。
第2連鎖以降、渡辺は輪島と京子を引き連れ、被害者の自宅へと訪問した。
勿論、事件当時の詳しい事情を聞くためである。
しかしながらどこの家庭も、渡辺たちを軽蔑の眼差しで睨み付けた。
捜査どころか「帰ってくれ」と門前払いを受けてしまい
被害者のどの家族にも詳しい話を聞くことが出来なかった。
水上警察署に、捜査本部が置かれていたことが、返って市民たちの怒りを買ったようだ。
「捜査本部が置かれているのに・・・」という思いがあるのであろう。
渡辺たち3人は計り知れない無力感に襲われながら、やむなく署に戻ってきた。
署には事件を担当した他の刑事たちが力なく俯いている。
輪島も京子も、先ほどから一言も口を聞かず、ずっと黙ったままだった。
犯人からの犯行声明文を録音したテープと言う有力な手掛かりを持っていたにも関わらず
犯人を捕まえることが出来ず、更には予告どおりの結末を犯人に提供してしまった刑事たちの
無念と言ったら想像するに余りある。
渡辺は疲れ切った身体を沈めるように、椅子に深く腰掛けた。

勿論、このままで良い訳が無かった。
他の刑事たちは既に捜査を始めている。
付近の聞き込みを中心に、動き回っているであろう。

本庁は事の重大さを改めて重く受け止め
日本警察の威信を掛けた一大捜査に踏み切った。
警視庁から科学班が到着し、捜査の基準を高めると共に
その界隈では超エリートと呼ばれる精鋭を捜査本部に呼び寄せた。
更に輪島が掴んだ「一家心中」の件が重視され、プロファイラーたちの手によって
大方の犯人像が浮かび上がった。
プロファイリングによって描き出された犯人像は以下の通りである。

年齢は20代〜30代の間。
犯人が送ってきた犯行声明テープの喋り方から、犯人が男である事が判明。
警察に憎しみ、および殺意を抱いている可能性が高い。
録音されていたテープの会話の口調、そして間の取り方などから
犯人は話術に長けていると見られる。
そのため、話術を生かした職業に付いている可能性がある。(例えば教師など)
半年前に起こった「一家心中事件」で唯一生き残った園田家の長男
園田健一が、事件に何らかの形で関わっている可能性が濃厚。
失踪当時、23区内で園田健一を見たという目撃情報が寄せられている事から
犯人は23区内に生息している可能性が高い。
整形などによって顔を変えていると考えられる。
そして名前も変更してる可能性が極めて強い。

プロファイラーたちは次と次と犯人像を明らかにし
既に捜査に出ている。

この一方を受けて、東京病院から藤崎が駆け付けてくれた。
藤崎は到着と共に、すぐに被害者たちが入院した病院を回り
被害者の脳波を調べた。その結果、被害者全員の脳内から
周波数40ヘルツの音、あるいは音声を聞いた痕跡が発見された。
この事実は、京子が発見した「共通点は地下鉄」説の裏付けを証明する形となり
捜査本部や本庁に大きな波紋を呼んだ。
音、あるいは音声による遠隔操作によって人間を追い詰めたのだ。
言い換えれば「異常遠隔操作」とも呼べる偉業を、犯人は成し得たと言う事になる。
自ら直接手を下さず、人を狂気に誘い込むと言う
まさに神をも恐れぬ偉業であった。

しかしながら捜査本部、そして本庁共に、犯人へと繋がる有力な情報はまだ無かった。
輪島がリストアップした学校の所在地、そして地図からは
京子が導き出した「地下鉄」と言う見えなかった謎が明らかになった。
となると、残りは被害者たちの部屋を撮影した写真である。
捜査本部、および他の刑事たちは外回りに専念していたが
渡辺はどうにもこの写真が気になっていた。
おそらくこの写真に隠されている「あまりにも普通過ぎて分からない」部分が
犯人逮捕へと繋がる最終的な事実のような気がしてならなかった。

ちょうどその時、本庁との会議を終えた京子が、ノートパソコンを持ち
大急ぎで渡辺の下へ駆け寄ってきた。
「警部!?犯人から音声メールが届きました!?」
「な、なんだと!?」
「これを見てください」
京子は渡辺のデスクに持っていたパソコンを置いた。
すると輪島を始め、残っていた他の刑事たちが一斉に渡辺のデスクを囲んだ。

「やあ、無力な警察諸君。実に見事な敗北だったな。
掛ける言葉も無いくらいだよ。これで私がどれだけ素晴らしい力を持っているか
改めて分かってもらえただろ?これが現実だ。
その気になれば人類そのものを壊滅させる事さえ、私には出来るのだ。
マスコミから良いように叩かれているようだが、哀れなものだ。
そもそも君たち警察が、一市民の言葉に耳を傾けていれば
私は警察に復讐をしようなどと思わなかっただろう。
逆に言えばこの状況は、君たち愚かな警察諸君が作り出したと言えよう。
己の犯した過ちを悔い、マスコミや市民から恨まれながら、これからも悪と闘うが良い。
私は君たちの都合とは関係なく、これからも自分の力を試すだろう。
だが、君たちが自分たちの犯した過ちをメディアに向けて誤れば
許してやらんでもない。とは言っても、私は私で自由に過ごすつもりだが・・・ククク・・・
それでは、せいぜい頑張りたまえ。愚かな警察どもよ!?」

犯行声明はそこで終わっていた。

犯人からの挑発と罵声に、その場は一時騒然となった。

「ヤツは明らかに警察をナメてやがる!」
輪島は両拳を強く握り、そう言い放った。
「これは犯人からメールで届いたメディアプレイヤーを使った音声ですが
メールの発信元が海外のサーバーを利用していて
発信地や個人情報がまったく分からないようになっています」
「つまり解析は不可能と言う事か」
「そう言う事になります」
「上の連中(本庁)はこれを知っているのかね?」
「はい、ここに来る前見せました。この音声ファイルはそのコピーです」
「詳しい解析は上の連中に任せよう。俺たちは現場で捜査だ」
「ですが警部、何を調べろと?」
輪島がそう言った。
「うむ。お前たちこの写真を見てどこか変だと思わないか?
俺には何か違って見えるのだが・・・・」
渡辺はそう言うと、被害者たちの部屋を撮影した写真を輪島と京子に見せた。
「警部はずっとこの写真にこだわってますよね。何か思うところがあるのですか?」
京子が写真と渡辺を交互に見て言った。
「何か違和感を感じる。一見すると極平和な部屋の風景だが
この写真には全て共通点があるような気がしてならん。
京子君が見つけた地下鉄と言う共通点と同じような感じでな」
「共通点と言っても、全部が部屋の写真と言う共通点しか無いと思うんですが・・・」
輪島が数枚の写真を見ながら言った。
「俺の思い過しなんだろうか・・・・・」
渡辺は深い溜息を着いた・・・。


一方、友人の黒川香澄の容態が順調に回復の兆しに向かっていることを知った木下桜は
新聞で一連の事件に興味を持った。
親友が事件に巻き込まれたのだ。興味を持たないはずがない。
テレビのニュースでは、この事件には犯人がいると報道されている。
桜の胸中は「早く犯人が掴まって欲しい」と言う思いで一杯であった。
何せ自分の親友がその犠牲になったのだから
そう思うのは至極当然である。

今でも香澄が苦しみ始めた、あの事件当時の事を思い出すと怖くなる。
自分の目の前で苦しみ始めた香澄は、どう見ても尋常ではなかった。
それに対し、何の力にもなれなかった桜は、少しばかり責任を感じていた。
自分の対処の仕方が間違っていたのだろう、とずいぶん思い悩んだものである。
そうとは言え、同じ環境にいた自分は何故助かったのだろうかと考えると不思議であった。
新聞では空気感染等のウイルスの存在は否定されており
あくまで音や音声による聴覚破壊と見出しには出ている。
という事は耳から入る音、音声が関わっていると言う事である。
音、音声と言う点では同じ場所にいた桜の耳にも
香澄と同じ音や音声が入ってきたはずである。
現場にそれが存在したからこそ、香澄は狂ったのだ。
しかし、桜は無事である。この差は何なのか・・・・。
警察の話によれば被害者は心に重度の悩みや問題を抱えており
それが事件当時発生した怪奇な音、あるいは音声と重なり合い
狂人へと走らせたと出ていたが、桜に無かった唯一のものは悩みである。
桜は特に頭を悩ますような悩みや問題は抱えていなかった。
そのため自分は助かったのだろうか・・・・。
しかし、それだけで人間が狂いだすものだろうかと桜は考えた。
おそらく警察は他にも有力な手掛かりを持っているはずである。
だが、その手掛かりに明確な証拠が無いため、マスコミへの公表は控えているのだろう。
被害者が全員自宅に、自室にいたことから、あの時香澄の部屋で異変が起こったのは事実である。
だが桜が思うところ、香澄の部屋はいつもと同じ、極普通であった。
桜は何度も香澄の家に遊びに行っているが、その時とまったく同じ景色であった。
そう考えると、普段は無かったものが、あの当時部屋にあった。
あるいは部屋で進行していたと言う事になる。
事件当日だけ、いつもと違った事は何か・・・・。
桜は事件当時の事を思い出すのが怖かったが、必死の思いで記憶を辿った。
桜とて親友の心をズタボロに引き裂いた犯人が憎かった。
とても許せるような人間ではなかったし、許せる行為じゃない。
桜は必死の思いで事件当日の日を思い返した。
何かあるはずである。きっと現場に居合わせた自分にしか分からない何かが必ずあるはずである。
その時、桜は以前家に訪ねてきた2人の刑事たちを思い出した。
自分の話しに熱心に耳を傾けてくれた霧島京子と言う女性刑事がいた。
ここで自分が何かを思い出し、それを彼女に伝えればきっと力になってくれるはずだ。
そうなれば犯人も捕まるかもしれない。犯人が捕まらなければ香澄も悔しいはずである。

桜は自分の部屋を見渡した。
事件発生当時の香澄の部屋と重ね合わせ、何か違った場所は無かったか
自室を重ね合わせて考え込んだ。

「確かあの時、香澄が心細いからと言って・・・音・・・音声・・?・・
そうだ、いつもと違う部分があったじゃない!?そうよ、あれだわ!!」

桜の脳裏に事件発生当時
いつもは無かった情景が、その当時香澄の部屋で起こっていた事を思い出した。
桜は、まるで一筋の明かりもない闇の中で
とても大切な宝を見つけ出したような気分に襲われた。

桜は机の引き出しに仕舞って置いた京子の名刺を取り出すと
バッグの中から携帯電話を取り出し、大急ぎでボタンを押した。

「もしもし」
「あ、先日自宅に来てもらった木下桜です」
「桜さん!?」
どうやら京子はかなり驚いたようだ。
「すいません。突然お電話してしまって」
「いえいえ。そんな事ないわ。どうしたの?」
「はい、実は事件の事についてちょっと思い出した事がありまして」
「思い出したこと?あ、ちょっと待ってね」
どうやら京子は署にいるようだ。桜が事件の事を話そうとすると
電話越しに相手側のざわめきが聞こえてきた。
あまりにも突然な電話だったため驚いたのであろうが
それが事件に関わっている事だけに、同僚たちにも緊張が走ったのであろう。
「ごめんなさいね。それで、何を思い出したの?」
「はい、実はあの時・・・・・」


確証は無かった。だが、桜の思い出した事実は
この事件を大きく揺るがす結果になる事を
桜は後から知る事になる・・・・・。


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