〜第4話〜「悲しみの先入観」(前編)
カタカタと言うキーボードを叩く音が静かに鳴り響く。 時折「ポチ」と言うマウスのクリック音も混じり、翔の見ているモニターは忙しなく切り替わって行く。 今日一日のニュースから明日の天気予報、今日株価、通信販売、芸能人のブログ。 毎日のように見ているサイトが入れ替わり立ち代りで表示されて行く。 別に真剣に見ているわけではないが、この「サイト巡り」はパソコンを持つ人なら誰もが日課となっている行為だろう。 「ん?」 ニュースのサイトを見ていた翔の目に、そう遠くない地元で起きた殺人事件の記事が目に止まった。 「東京都清瀬市○○○で起こった殺人事件は今日、無情にも時効を迎えた。 この事件で殺害された渡辺博美(わたなべ ひろみ)さんは 15年前、清瀬市の○○で何者かに刃物で刺され死亡した。 更にその翌日に殺害現場で首を吊って死んでいる新垣誠(にいがき まこと)さんが発見されている事から 二人の間に何らかの共通点があるのではないかと警察は見ていましたが 必至の捜査も虚しく、二人の共通点は発見されず、そして渡辺さんを殺害した犯人も見つからないまま時効を迎えた。 殺害された渡辺さんも、自殺した新垣さんも事件当時、共に54歳と言う年齢。 家族や親戚は一切おらず、お互いの素性を詳しく知る者は発見できなかった事が 未解決のまま時効を迎えた要因だと警察は判断している」 記事にはそう書かれていた。 「清瀬市○○○か。確かあの辺は・・・・」 独り言のように呟いたその時、突然携帯電話が鳴った。液晶画面には沙耶の名前が表示されている。 「もしもし」 「沙耶です。何してたの?」 「いや別に何するわけでもなく、ネットをいじってたよ」 「エッチなサイトでも見てたんじゃないの?」 電話越しに沙耶の笑顔が浮かぶようだった。 「み、見てないよ。単なるニュースさ」 「そうかしら?」 「それより、どうかしたの?」 「明日は絶対水族館行こうね。絶対よ?」 「ああ。分かってるよ。それ言うためにわざわざ?」 翔は苦笑いでそう言った。 「だって今のうちに言って置かないと予定入れられたら困るし。ただでさえ女性に人気のある翔君ですから」 「別に人気ってほどじゃないよ」 翔は分けも無く動揺した。 「どうだかねぇ」 「疑ってるな、そんな事無いったら」 「はいはい。そうですねぇ」 そんなやり取りは就寝近くまで続いた。 これも二人にとっては日常茶飯事の事である。 同じ頃―― 市内にある某公園では、時間帯に似つかわしくない男と女の声が響いていた。 「なあ、もう帰ろうぜ。なんでこんな時間にこんなとこ来なきゃならないんだよ」 「何よ、怖いわけ?」 「べ、別に怖いわけじゃねぇよ」 本当なら永久が可憐を引き連れるようにして歩くのが本来の姿なのだが この日ばかりは永久が可憐に引っ付いて歩く形になっている。 口では平気だと言い張る永久だが、その本心は恐怖一色だった。 「何でわざわざ心霊スポットなんかに来なくちゃならないんだ」 「ブツブツ言ってんじゃないわよ!最近ここで見たって言う証言が相次いでるのよ。 それが本当なのか調べなきゃ!」 「だからなんで俺まで付き合わなきゃならんのだ」 「こんな可愛い乙女を一人で行かそうっての?この薄情者!?」 「ちがぁう!わざわざ来る事ないだろって言ってんだ」 「静かにしなさい!このバカ!」 可憐の肘鉄が永久の脇腹に突き刺さった。 「俺、間違ってもこんな暴力女とは付き会わねぇ・・・」 「えっ?何か言った?」 「な、なんでもありません」 カカア天下の家庭になること間違いなしだ。 尻に敷かれる夫・・・なんともおぞましい想像が永久に過ぎった。 最も、まだそういう関係では無いのだが・・・。 この公園には不吉な噂が飛び交っている。 特に最近になって心理スポットとして可憐の友達の間では有名になりつつあったのだ。 この公園には小さなトンネルがあり、そのトンネルの出口付近にはベンチがあるのだが そのベンチでいつも老人が座っていると言う話が持ち上がった。 もう何人もの人間がその老人の姿を目撃している。 そんな話を聞いて興味を惹かれない可憐ではなかった。 「あのトンネルの向こうね」 永久と可憐の前に蛍光灯が不気味に光るトンネルが現れた。その姿は確かに薄気味悪い。 例え屈強な精神を持つ人間でも、この場所を通りたいとは思わないだろう。 「止めようぜ、なんだか不気味だ」 「ここまで来て何言ってんのよ」 「お前怖くないのかよ」 「そ、そりゃちょっと怖いけど。私たちの目で確かめなきゃ!」 「何も俺たちがその証人にならなくても・・・」 「五月蝿い!」 「いてぇ!」 再び可憐の肘鉄が脇腹を抉った。 「ホラ、行くわよ」 可憐は永久の手を引いて歩き出した 「ぼ、暴力反対・・・」 永久は涙目である。 トンネルの中は意外と明るかった。蛍光灯が照らしている分、外部とは光の差に大きな違いがある。 それでも蛍光灯はジリジリと言う不気味な音を響かせ、嫌な雰囲気を醸し出している。 「もう少しよ。この先ね」 「勘弁してくれよ」 もはや永久は可憐にしがみついていた。 こんな姿を翔や沙耶に見られたら腹を抱えて笑われるだろう。 ゆっくりと出口が近づいた。噂によれば老人が座っているというベンチは、トンネルを出てすぐ左にあると言う。 一歩一歩出口が近づく。可憐は息を飲み、一気にトンネルの出口へ向かい、その左側を振り向いた。 「えっ!」 「どどど、どうした?」 そこにはベンチこそあるが老人の姿は無かった。 「何も無い・・・」 「誰も居ないのか」 「自分で確かめなさいよ」 可憐はそう言って無理矢理永久を前に押し出した。 「や、止めろ、バカ!俺は幽霊なんか信じないぞ!」 「だから居ないんだってば」 「えっ・・そうなの?」 永久はゆっくりと目を開け辺りを見渡した。不気味である事に変わりは無かったが、老人は愚か人の気配すらなかった。 「なんだ、なにもないじゃないか」 ちょっとは安心したのか、気の抜けたような声で永久が言った。 ベンチの周りはかなり綺麗に整頓され、その周囲には何故かガーベラの花がいくつも置かれている。 まるでベンチを囲むように置かれているその光景は、明らかに人為的なものが伺える。 誰かがガーベラをベンチの周りに置いたのだろうか・・・。 だがその時だった・・・。 「えっ?なに・・・」 「なんだ、今度はどうした?」 可憐が前方を見つめたまま身動き一つしない。 「なんだ・・・」 永久は可憐の見つめる前方に視線を移動した。 ザッザッザッザ・・・と言う足を引き吊るような音が響く。二人の見つめる先には明らかに誰かが歩いていた。 しかも足音から察するにこっちへ向かって来ている。 「だ、誰か来るわ!あれは・・・!?・・」 「うう・・だ、だから嫌だったんだ・・・来るべきじゃ無かった・・・」 時間と共に明らかになるこちらへ向かってくるシルエット。 やがてそのシルエットが月明かりに照らされ、全貌が明らかになると二人は同時に呻き声を上げた。 「ああ・・ろ、老人だ・・・」 その姿は明らかに老人だった。俯いており表情は分からないが、身なり服装から察するにかなりの高齢者である。 「で、出たああぁぁ!?」 永久は今にも腰を抜かしそうな声を上げ、一目散に逃げ出した。 「ちょっと永久!置いて行かないでよ!」 可憐は永久を追いかけるように後に続いた。 走っている最中、可憐は一度だけ後ろを振り返った。老人がこちらを見ているように立ち尽くしている。 走っているため、映像が上下し良く見えなかったが、老人は手に何かを持っているようだった。 だがそれが何なのかは確認できなかった。 さすがに可憐も怖くなった。 公園の入り口まで戻ると、二人とも肩で息をして慄いていた。 「だ、だから止めようって言ったんだ。冗談じゃねぇぞ!」 「私だって本当に出るとは思って無かったわよ」 可憐はほとんど半泣きである。 「来るんじゃなかった」 二人が公園の入り口でそう思っている時 トンネルの出口では一人の老人がベンチに腰掛けていた・・・。 中編へ続く |