〜第6話〜「悲しみの先入観」(完結編)





同じ夜でも20時と23時を回った時間帯に訪れる闇には、大きな違いがある。
深夜に近づけば近づくほど人々の生活音は次第に小さなものへとなっていく。
夕方から夜の架け橋的な存在時間である20時と言う時間の夜は、さほど夜らしくは無い。
だが今、翔と沙耶を含む4人が居る時間と場所は
もはや人々の生活音でさえ息を潜める時間帯だった。
時刻は間もなく零時を迎える。
金曜日ということもあって、翔と沙耶も怪談の真相探しに付き合うことはさほど嫌なものではなかった。
しかし、実際に現場へ来て見ると、やはり不気味だった。
深夜の公園。通常なら誰も存在しないのが自然の摂理と言うものだが
昨日、永久と可憐はこの公園の奥にあるトンネルの向こう側で「それ」を見たと言ってる。
別に霊的なものを信じているわけではないが、翔も沙耶にもこの不気味な雰囲気を醸し出す公園は気味悪く映った。

既に園内の中ほどまで歩いてきた。
雲ひとつ無い夜空には光り輝く満月がぽっかりと浮かんでいる。
その月から放たれる光は園内を明るく照らしているが
その月明かりが逆に不気味だった。
月明かりは園内のそこら中にある木々の影を作り出す。
その木々に静かな風が吹き当たるとザワザワと嫌な音を立てる。
まるで何かが潜んでいるような音がするたびに、先頭を歩く翔の神経は過敏になった。
成り行き上、翔が先頭を歩く事になってしまった。柄に合わず怖がりな永久が先頭を歩く事など想像も付かない。
かと言ってか弱い女たちに先頭を歩かせるわけにも行かず、やむなく翔が先頭に立つ事になった。
翔が先頭を歩く事が決ったとき、可憐が
「この女男!?」と永久を蹴り飛ばした事は言うまでも無いが・・・。

翔の横を沙耶が
その後ろを永久と可憐が続いた。沙耶も怖いのであろう。
先ほどからずっと翔の腕にしがみ付いている。
本当なら腕に伝う胸の感触に歓喜の声を上げたいところだったが、今はそれどころではない。
何故ならこの公園は・・・・。

「見えた!あのトンネルの向こうだよ」
可憐がそう言うと、歩く4人の前にひっそりと佇むトンネルが見えた。
「また来ちまった。もう勘弁だぜ」
永久は今にも泣きそうである。
「なんだかその・・・嫌な雰囲気ね」
翔の腕を掴む手に力が入る沙耶が静かに言った。
「あのトンネルの向こうから老人がこっちに向かってきたんだよ。そう、ちょうど昨日のこの時間に」
可憐は腕時計を見ながら言った。
「行ってみるか」
「ええ」
翔が歩き出した。
トンネル内に設置されている蛍光灯のジリジリと言う音が響く中、4人は静かにトンネルの中に入った。
靴の「カツン」と言う音が恐怖をそそる。蛍光灯のせいでこの場所だけが昼間のように明るい。
「やっぱり、怖いね」
可憐が言った。
「来るんじゃなかった」
「今さら遅いっての!」
怖いと言いつついつものパターンを繰り返す永久と可憐は案外お似合いのカップルになりそうである。
「翔、大丈夫かな?」
「平気だよ。確かにちょっと怖いけどね。じゃ、出るよ」
「うん」
翔はそう言うとトンネルの向こう側に足を踏み出した。
それに続き永久と可憐も続く。高鳴る心臓の鼓動が聞こえてきそうだった。

だが昨日のように前から人が来るような気配は無かった。
翔と沙耶は永久と可憐が見たと言う老人が前からやって来るのかどうか、視線を前方へと向け集中した。
その時だった!?


「きゃあああああっ!?」
「わ、わあああああああ!?」


「なんだっ!」
「なに、どうしたの!?」
突然、可憐と永久の悲鳴が闇夜を切り裂いた。
翔と沙耶は後ろに振り返ると、永久と可憐がベンチのある右側を見て慄いている。
「ででで、出たぁ!?」
「いやあああ!」
そこにはベンチに腰掛けている老人が居た。
悲鳴と共に永久と可憐は一目散に逃げ出した。
「か、翔・・・・」
沙耶はどうして良いのか分からず、後ろから翔に抱きついた。
その翔は何も言わず、しばし呆然と立ち尽くしているが、やがて何かを悟ったように溜息を付いた。
「こんばんは、おじいさん」
「えっ?か、翔・・?・・」
翔は突然その老人に話しかけた。
「のう?粋の良い悲鳴が聞こえたから逃げたとばかり思っとったが、まだいたのかね」
老人は幽霊ではなかった。ちゃんと言葉を発している。
「お騒がせしました。きっと今まで何人もの人たちがおじいちゃんを見てビックリしたでしょうね」
「ほほほ。わしを幽霊と勘違いしとる者もいるらしいのう」
「ええ。今じゃここは心霊スポットとして有名です」
「そうか、それは悪い事したのう・・・」
老人は俯いたままそう言った。表情は暗くて分からないが、どうやらこの老人は目が見えないらしい。
通常なら話し相手の目を見て喋るが、この老人は顔はこちらを向いていても視線は明後日の方向を向いている。
「翔、これは一体・・・・」
「おじいちゃんは幽霊じゃないよ。僕たち同じ人間さ」
「だけど、どうしてその・・・」
沙耶はまだ状況が把握出来ていなかった。
「おじいちゃんですね、このガーベラをベンチの周りに置いているのは」
「そうじゃよ。彼女はガーベラが好きじゃったからのう」
この事態に気付いた永久と可憐が恐る恐る戻ってきた。
「一体何があったの・・・・」
「幽霊じゃなかったのか」
「今翔が話している最中だから・・・」
「そっか・・・」
可憐、永久、沙耶の3人は黙って翔と老人の会話に耳を傾けた。
「おじいちゃんはその彼女を待っているのでしょう?ガーベラの好きだった方を」
「・・・・・・」
老人は答えなかったが、しばらくするとゆっくりと語り始めた。
「分かっておる。この場所に来ても彼女はもう戻って来ない。だからわしはせめてもの償いに
こうして毎晩、この時間に彼女の好きだったガーベラを持ってきているんじゃよ」
「せめてもの・・・償い?」
沙耶が呟いた。
そして今度は翔が大きく深呼吸して話し始めた。
「今から15年前、まだこの深緑公園が出来る前、この場所で殺人事件が起こった。
殺害されたのは渡辺博美さんと言う女性だった。
更にその翌日に殺害現場で首を吊って死んでいる新垣誠と言う男がこの場所で自殺をした。
渡辺さんは刃物で殺害された事から、警察は殺人事件として捜査に乗り出したんだが
結局犯人を見つけることが出来ずに、先日とうとう時効を迎えてしまったんだ」
翔が語ったのは先日翔自身がインターネットで見ていた事件のニュースだった。
「この場所で殺人事件が・・・・しかも翌日に自殺まで・・・」
可憐の身体が凍り付いた。老人は幽霊では無かったものの、場所自体はまさに驚異の現場だったのだ。
沙耶、永久も驚きを隠せず、身を固まらせている。
「おじいちゃん、あなたはあの事件の関係者ですね?」
驚きの事実を翔は口にした。
「まあのう・・・・全てわしのせいなんじゃ。博美とここで待ち合わせをしてたのは
他ならぬこのわしなのだからのう・・・・」
「一体、どう言う事なんですか?」
沙耶が尋ねた。
「殺害された渡辺博美と言う女はわしの幼馴染じゃった。小さい頃から一緒に育ち
同じ学校に通って卒業して、そして結婚を約束した仲じゃった」
老人は更に続けた。
「じゃがわしらの両親は結婚を許さなかった。いろいろとあってのう。反対され、どうにもならなくなった。
そこでわしらはあの日のこの時間。この場所で待ち合わせて、二人でどこか遠くの街へ行こうと決めたんじゃ」
全員が老人の話に集中していた。
「わしはいろいろとやる事があって、待ち合わせの時間に遅れてしまってのう。
わしがここへ辿り着いたときには、既に博美は殺されておった。新垣誠と言う男によってな。
新垣は高校の頃にわしらと会った友人でね。以来ずっと仲良くしてきたんじゃが
その新垣もまた博美の事がずっと好きだったんじゃ。長い事博美を思っていたようでな。
その時間の長さが新垣を悪魔に変えてしまった。わしらが駆け落ちをする事を知ると
どこで知ったのか今となっては分からんが、この待ち合わせ場所を知り
博美に何とか止めるように説得した。じゃが博美の決心は固かった。
わしと一緒になると言い張る博美に、新垣は狂ったのじゃ。
わしに取られるくらいなら・・・・そう思って博美を殺めてしまった」
老人はそこで話を止めると深呼吸をして再び話しだした。
「ここに辿り着いたわしが目にしたのは、冷たくなった博美と泣き叫ぶ新垣じゃった。
新垣は愕然としていたわしにこう言った。しばらく眠っててくれと。
頭に強い衝撃を受けたわしが次に気が付いたときには、木の枝にロープを巻き
それにぶら下がって死んでいる新垣の姿じゃった。
新垣は己の罪に耐えられなくなって自殺したんじゃ」
「なるほど・・・・一番最初に警察に通報したのもあなたですね?」
「そうじゃ。怖くなってのう。それしか出来なかったんじゃ」
老人の、光を失った目から涙がこぼれた。今にも枯れてしまいそうな、そんな悲壮感に満ちた涙だった。
「あの時、わしが時間通りここに来ていれば、博美は死なずに済んだかも知れん。
全てわしのせいなんじゃ。わしのせいで博美は死んでしまったんじゃ」
もはや掛ける言葉など見つからなかった。これほど悲しい結末があって良いのだろうか・・・。
「それ以来おじいちゃんは博美さんの好きだったガーベラの花を、あの事件が起こったこの時間に添えてきたんですね」
「そうじゃ。それでわしの罪が償えるとは思っておらん。
じゃがせめてもの償いに、彼女の好きだったガーベラを置き続けたかった」
可憐、そして沙耶の目にも涙が浮かんだ。
自分たちは間違った先入観でここを心霊スポットとして認識してしまった。
実際はこんな悲しい過去があるなんて想像もしなかったのだ。
「おじいちゃん、もう良いでしょう。自分を責めても博美さんは戻って来ません。
自分を許して上げて下さい」
翔が静かに言った。
「博美・・・すまなかった・・・わしは、わしは本当にお前を愛していたぞ・・・・」
叫びにも似た悲しみの声が、ひっそりと静まり返った公園に響くと
まるで老人を包み込むような月明かりが差し込んだ・・・・。


翌日
翔の家に遊びに来ていた沙耶は静かにこう言った。
「あのおじいちゃん、もう大丈夫だよね」
「多分ね。どうしようもなかったんだ。僕たちにはあのおじいちゃんが幸せになる事を祈るしかないよ」
「そうよね」

あの後、翔たち4人は無言で帰宅した。
何を話して良いのか分からなかったのだ。
そして今朝、永久と可憐からメールが届いた。
「昨日は巻き込んじゃってゴメンネ。もう勝手な先入観で動くような事はしないから。
私たちが間違って居たんだと思うの。何も知らず勝手に心霊スポットなんて決め付けちゃ駄目よね。
今日は永久と遊びに行きます。そっちも二人で仲良くね」と言う内容だった。
可憐も可憐なりに反省しているようだった。
メールを読んだ翔は「あの二人、仲が良いんだか悪いんだか分からないよね」と苦笑いを浮かべてそう言った。

「それはそうと翔さん。また忘れたわよね?」
「ん?何が?」
「水族館・・・・」
もはや沙耶の目は笑っていない。
「あっ!・・・・・・」

(こっちはこっちで、違う意味で大変だ)と
つくづく思う翔だった。



END


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