〜第一話〜「記憶された痛み」




「お前あの映画観て平気だったのか?」
「全然問題ないね。なんとも思わなかったさ」
「信じらんねぇ、俺なんか気持ち悪くて目背けたってのによ」
少々呆れた表情で窪田 圭介がそう言うと柳 達也は
「あの程度で気持ち悪いってのか?冗談は止してくれ。俺はもう見慣れているから平気なんだ」
と、自慢げな顔でそう言った。
「ケッ!ホントは怖くて震えてたんじゃねぇの?」
相沢 永久(あいざわ とわ)がニヤ付きながら言った。
「心外だな、相沢。全然問題なかったって言ったろ。余裕だったさ」
「そうかよ」
永久はやれやれと言ったジェスチャーをして見せた。

話題になっているのは世間でも「気持ち悪い」と悪評の多いホラー映画についてだった。
観た人間の8割以上が「気持ち悪い」と言って目を背けたと囁かれており
巷では一時の話題となっていた。
事実、映画雑誌では「薄気味悪い映画ナンバー1」の座に輝いている。
そんな巷の話題は当然学校と言う共同生活の場でも大きな話題を呼んだ。
「まったく程度の低いものばかりで嫌になるね。もっとこう身体の奥底から嫌悪感を示すような
それで居て観ているだけで痛くなるような映画はないものかね?」
柳達也はさも自分は観ても平気だぜ!と言いたげに言った。
「俺なんか首が飛んだり、内臓が飛び出したりする映像だけでも嫌な感じになるよ」
窪田圭介はいかにも不愉快そうな態度で言った。
「翔は何か知らねぇか?そういう映画」
永久は先ほどから隣の席で本を読んでいる宝来 翔(ほうらい かける)に尋ねた。
「ん?今誰か話しかけたかい?」
翔は我に返ったような間抜けな事を言い出した。
「おいおい頼むぜ宝来先生」
柳達也がそう言った。
「興味無しか。まったくお前らしいよ」
いつもの事だ。そう思いながら永久が続いた。
「いやぁ、本に集中したもので」
苦笑いとも取れる憎めない表情は相変わらずである。
「それで、何の話だい?」
「観ているだけで嫌悪感を示すような、それで居て尚且つ身体が痛くなるような映画はないか?って話さ。
あるわけねぇよな。どれでも映画じゃ現実の映像じゃないわけだし」
半ば吐き捨てるように永久がそう言った。
「とか何とか言ってあんたも苦手でしょ?スプラッター」
「わっ!可憐」
突然後ろから話しかけたのは永久の幼馴染、水澤 可憐(みずさわ かれん)だった。
いつもながら元気いっぱいである。
「べ、別に苦手ってわけじゃねぇよ。ただあれは作りもんだし、イマイチ現実感がねぇって言うか・・・」
永久はまるで痛い所を突かれたように口篭った。
「現実感が無くても苦手なものは苦手・・・そんなところでしょう?」
「ま、まあ得意じゃないのは事実だな」
ニッコリと微笑んだまま翔が聞くと、永久は自分の思いを正直に打ち明けた。
「それでどうよ?宝来先生。そういう思いをする映画ってあるか?」
柳は翔に聞いた。
「う〜ん、無いわけじゃないね。あると言えばあるよ。だけどそれは映画じゃない。単なる映像だけど」
「ホントか?俺はもうホラーやスプラッターは見飽きるほど観てきたんだぜ。
いくら血が飛び散ろうが、首が落ちようが何も感じない。そんな俺を映像だけで痛めつけられるってのか?」
半信半疑な様子で柳が言った。
「勿論。柳君だけじゃなく、窪田君、それと永久に水澤さんも思わず痛みを感じる映像がある」
「ホントかよ!?」
「マジで!?」
ほぼ同時に永久と可憐が言った。
「ほほう、そりゃ楽しみだな、是非見せてくれよ」
柳が言った。
「それは構わないけど、多分痛くてその部分を擦ってしまうと思うけど、それでも良いのかい?」
「おいおい、そこまで痛くなる映像なのか?」
永久が不安げに尋ねた。
「まあ人によってだけど、ほとんど人がそうなるだろう。どうする?見てみるかい?」
「勿論だよ。んで、いつにするんだ?」
「それじゃ明日の放課後視聴覚室で・・・と言うのはどうかな?」
「よし、分かった。明日楽しみにしてるよ」


「ふ〜ん、なんだか面白そうね」
学校帰りに立ち寄ったマクドナルドで、春日部 沙耶(かすかべ さや)はマックシェイクを飲みながらそう言った。
「あいつ、映像を見つけるために急いで帰ったけど、ホントにそんな映像あるんかな?」
頭を後ろで両腕を組みながら永久が言った。
「柳君たちだけじゃなく、私たちも同じ目に合わせられるってのが凄くない?」
可憐はすっかりハイテンションになっている。
「でも翔がそう言うんだったらあるんだと思うよ。彼嘘を言うような人じゃないし」
沙耶は天使のような微笑を浮かべながらそう言った。
「明日が楽しみだが、ちょっと怖いよな。一体どんな映像を持ってくるんだ」
「あんた何ビビッてんのよ」
可憐が面白そうに笑った。
「別にビビッてなんかねぇよ。ただ相手はあの翔だからさ。きっと本当に立証すると思うし」
「私も観てみようかな。興味あるし」
沙耶が文字通り囁いた。
「じゃあ皆で観ようよ。例え怖い映像でも人が多いほうが良いじゃん」
「今から怖いとか言うなよ!俺は怖いのは嫌だぞ!」
「子供みたいなこと言ってんじゃないの!」
「アハハハ!」

それぞれの思いの馳せ夜が明けた。

放課後、視聴覚室に集まった一同はそれぞれ席に着いた。
「まさか沙耶まで来るとは思わなかったな」
翔が驚いたように言った。
「あら、駄目だった?私に見られちゃいけない映像なのかな?」
「いやいや、そう言うわけじゃないよ。沙耶は苦手な映像かもしれないからね」
「そうなの?だったら余計に楽しみかも」
沙耶はワクワクした様子で見守っている。
「宝来先生、皆集まったぜ。早速始めようや」
柳が自信たっぷりの言葉で言った。
「では始めますか」
翔が静かに語り始めた。そこに集まった一同は皆真剣な表情に変る。
「まず映像を見る前に、昨日話していたグロテスクなものを見ても現実感が無い。
目を背けたりしないと言うメカニズムについて説明します。
昨日話しに出てきた内臓が飛び出たり、血が飛び散ったりするシーンを見ても
気持ち悪いとか目を背けない事にはちゃんとした理由があるんです」
「理由?そんなもんがあるのか?」
永久が聞いた。
「うん。昨日永久は言ったよね。現実感が無いって」
「ああ。現実とは掛け離れているからな」
「そう、そこだよ。まさにそれが目を背けない理由なんだ。
発想を逆にして考えてみよう。現実感が無いという事は一体どう言う事か?
それはその事実を他人事のように見ている。つまり自分が体験しているわけじゃないから現実感が沸かないのさ」
「そりゃそうよね。映画みたいな経験したらこれが現実なんだって思うだろうし」
可憐が続いた。
「そう。つまり内臓が飛び出たり、血が飛び散る事は日常生活ではまず有り得ない事で
ほとんどの人間がそういう経験をしていないんだ。だから実際に内臓が飛び出たり
血が飛び散った映像を見ても、そのリアル感がイマイチ実感出来ない。
映画を観る人の中には、日常では実感できないものを少しでも感じたいと思って観る人も居る。
言葉は悪いけど、現実逃避と言う言葉が似合う。少しでも現実を忘れたいために観る。それも映画の楽しみの一つだ」
翔が語りだすと一同は皆固唾を呑んで聞き入っている。
「グロテスクな映像を見て目を背けない理由。それはその映像があまりに現実離れしているために
痛みを知らないから見ることが出来るんだ。首を切り落とされたときの痛みなんて
今生きている人たちに分かるはずもない。事故や事件にでも見舞われない限りね。
首を切られる痛みを知らないからこそ観れる。
だけどこの映像はどうかな?」
翔はビデオのリモコンを持ち、再生のボタンを押した。
映像はノイズからテレビニュースの画面に切り替わり、病院内の映像に切り替わった。
画面の右上には「インフルエンザの予防接種」と言うニュースの見出しが出ている。
やがて映像は幼い子供に切り替わり、担当の医者が持っていた注射器を子供に刺そうとする映像に切り替わった。
「うわ!俺こういうの駄目だ!」
突然永久が叫び目を背けた。
「わ、私も駄目!腕が痛くなるよ〜」
可憐は耐え切れなかったように右腕を擦った。
今まさに注射器の針は子供の右腕に刺さろうとしている。
「ぼ、僕も駄目だ・・・注射って結構痛いんだよね」
窪田圭介も思わず目を背けた。
そしてテレビには注射器の針が子供の右腕に突き刺さり、若干肉を持ち上げている。
「や、やめてくれ。もう良い。腕が痛い!」
とうとう柳が根を上げた。
「ホント、痛い映像だけど、なるほどね。そう言う事だったのね」
沙耶は何かを悟ったように言った。
「どうだい?柳君。まだ見るかい?」
「いやいやいや、もう良い。勘弁してくれ」
柳は白旗を揚げるように両手で嫌々しながら拒んだ。
そして翔が再び語り始めた。
「内臓が飛び出すと言うグロテスクな映像は見れたのに、どうして注射のシーンは観れなかったのか?
その理由がさっき話した痛みを知っていると言う事に繋がるんだ。
おそらくここに集まった皆は一度でも注射をした経験があると思うんだ。だからこそ注射の痛みを知っていた。
それがどのような痛みなのか知っている。それ故映像でそれを目の当たりにしたとき
その痛みまでが蘇り思わず目を背けてしまったり、同じ部分が痛くなったりするんだよ」
「なるほど、確かに言われてみりゃ首を切られるなんて痛みは知らねぇし、現実感も無い。
だけど今の注射の映像は自分でも経験があるから現実感がある。だから痛いのか」
「そう言う事だね」
永久の説明に翔が断言した。
「つまりどんなにグロテスクな映像を見ても、そこに記憶された痛みが無ければ
気分を害する事はあっても、痛みを感じたり嫌悪感を感じたりする事はないって事ね」
沙耶が付け加えた。
「よく注射をする映像を見ると小さな子供が泣き出すって言うけど、それも同じ原理なのかな」
「そうだね。子供は注射の痛みを知っている。だからそれを観る事で自分がされていると錯覚する。
だから怖くなって泣き出すと言う心理的なものなんだ」
可憐の問い掛けに翔が答えた。
「その原理だと注射の他にも、足の小指をぶつけた映像や、指をドアに挟むなどの映像にも同じ事が言える」
「よせよせ!もう言うな。そっちまで痛くなる」
翔の言葉を聞いて足を擦ったり指を擦ったり、忙しそうに永久が言った。
「どうだい?柳君。納得できたかな?」
「も、勿論だ。ああ〜痛かった」
なんとも言えぬ見えない痛みと、真相が分かった安堵感で不思議な達成感が辺りに広まった。



「グロテスクな映像さえも超越する注射の映像か。
一見するとグロテスクのほうがパンチが効いているように思えるんだけどな」
家路に着いた道を歩く永久が何気なく呟いた。
「確かにね。だけど映像だけじゃなく、単純に痛みだって同じなんだよ」
「痛み?」
翔の隣を歩いていた沙耶が聞いた。
「例えばビンタとデコピン。両方を同じ威力で放った場合、何故か最後まで痛みが残るってデコピンなんだ」
「ええっ!そうなの?」
可憐が驚く。
「どう考えてもビンタのほうが痛そうに思えるんだがな」
「ビンタは手の平全体で放つのに対し、デコピンは一点に集中して痛みが走る。おまけに指が目の前に来るせいで
ビンタよりも受けるタイミングが図り難い。そうなると指がおでこに当たる前から痛みを想像して身体が構えてしまう。
だから受けたときの痛みも一点に集中して力を放ったデコピンの方が痛みが残ると言うわけさ」
「翔君ってやっぱり凄い。この説得力は何なんだろう・・・」
「柳が先生って言うのも頷けるぜ」
永久と可憐が感心したように言った。
「いやいや、原理の問題さ。それさえ知っていれば問題じゃないよ」
「原理か、男の原理なら知ってんだけどな」
「男の基準はただのスケベでしょ。化けの皮剥がれれば皆同じ」
「何ってやがる!男ってのは複雑且つミステリアスでだな・・・」
「はいはい。難しい事言ったって似合わないわよ、体育会系バカ!」
「あんだよっ!」

翔、沙耶、そして永久と可憐の笑い声は
沈み行く夕日の中でいつまでも響き続けた・・・。

END


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