救い無き絶望シリーズ Vol、3


追いかけてくる罪

(例えどんな事があっても、犯した罪から逃げる事は出来ない)




「はあ・・はあ・・・はあ・・」
出来る限り返り血が飛ばないように殺したつもりだった。
激しく呼吸の乱れる鈴村 連(すずむら れん)の身体には血液が点々と付着していた。
幸いな事に黒のトレーナーに黒のジャージを穿いていたため、傍から見るとそれが血液には見えない。
それでもズボンの裾には大きな血液の染みが広がっており、生臭い血の匂いを放っている。
凶器となったアーミーナイフは無論のこと、連の右手も真っ赤に染まっていた。
「殺っちまった・・・・」
元々殺す気で殴った。最初からそのつもりでこの廃墟におびき寄せたわけだが
いざ殺してみると「とうとう」と言う安っぽい諦めの感情が溢れた。もはや後戻りは出来ない。
この後の段取りに抜かりは無い。頭の中で繰り広げられる罪と恐怖の戦いを余所に
既に連の身体は次の行動に移っていた。死体の処理である。
予め持参したスコップで地面を掘り、地中深くに沈めてしまえ、それがこの計画のフィナーレだった。
連は我を忘れ大急ぎで穴を掘ると、汗だくになった身体で死体を放り投げ土を戻した。
「これで大丈夫だ」
埋めた土をスコップで軽く叩く、まるでその下に埋まっている物体に対する軽蔑の眼差しのような態度だ。
殺して当然、いや殺されて当然の男。連は殺した事に後悔など感じていなかった。
唯一感じるものと言えば「殺した」と言う気分の高まりだ。
やってやったぞと言う一種の征服感が、連の心をハイにしていた。
気が付けばもう夜明けである。一刻も早くこの場を去らなければならない。
連は近くに停めてあった車に飛び乗り、その場を後にした。

連の殺した大河内 純一(おおこうち じゅんいち)の遺体が発見されたのは、それから3時間後だった。
早朝、事件現場付近で犬の散歩をしていた住民が、普段滅多に吠えない犬が五月蝿く吠え
飼い主の隙を付いて走り出した。そして辿り着いた場所で再度吠えるため、住民が地面を掘ったところ
身体中をバラバラに切断された男性の遺体が発見された。
頭部、胸部、腹部、両手足に切断されており、地面に流れ出した血液の状態から
犯行が行なわれてさほど時間が経っていないと断定され、鑑識の検分によって死後3時間程度だろうと判断された。
警察当局は犯人がまだそれほど遠くへ行っていないと見ており、付近の住民に警戒を促している。
周辺住民の間では不穏な空気が流れており、周辺の学校では集団登校が急遽決定した。
更に警察は犯人が移動手段として車を使った可能性もあると見て、捜査範囲の拡大を視野に入れている。
朝のニュースで流れた報道では概ねそのような内容であった。
さすがに新聞社の朝刊には間に合わなかったのだろう。今朝の朝刊でこの事件は記事になっていなかった。
連は帰宅してから一睡もせず、頻繁にテレビのチャンネルを変え続けた。
いずれも事件現場での検証や犯人像に迫る特集などが組まれている。
だがその中に鈴村連と言う名前は出て来なかった。
「どうやらまだ目星が付いていないようだな」
連の両目は血走っていた。逮捕される事を視野に入れての犯行だったが、出来れば捕まりたくない。
人間の身体をバラバラにして殺害したのだ。良くても無期懲役。犯行当時の精神状況などでは死刑も考えられる。
それを思うと捕まるわけには行かなかった。人は殺せても自分は死にたくない。
殺人を犯す人間の身勝手な考え方は連にも根付いていた。

それから一週間が過ぎた。にも関わらず警察は連の元に現れず音沙汰が無い。
殺害当時は様々な事に気を配っていた連も、一週間も野放しになれば気が大きくなる。
「日本の警察のたかが知れてるな」
そう呟きながら迎えた夜だった。
連は夢を見た。どんな内容かは良く分からないが誰かに追われる夢だった。
「た、助けてくれ・・・」
「逃げられるわけ無いだろ」
「や、やめろ・・や、やめ!!ぎゃああああっ!!」
背後から忍び寄ってきた男にナイフで刺された。男の持っていたナイフには見覚えがあった。
連が大河内を殺害するのに使ったアーミーナイフとまったく同じものだった。
「やめろ!!た、助けてくれ・・・」
連は刺された太腿を庇いながら必至で哀願した。
「殺された人間の恨みが分かるか?ええ?お前が俺を殺したように、俺も同じ手口で殺してやるよ」
「やめてくれ・・・ああああ・・ああああ!!」
連は頭部、胸部、腹部、両手足にバラバラにされた。
「うわああっ!!」
我に返って目が覚めると、決って全身から大量の汗が流れていた。着ていたパジャマがぐっしょりと濡れている。
「夢かよ・・・勘弁してくれ・・・・」
やたらとリアルな夢だった。刺された当時の感触や切断された痛みまで鮮明に蘇ってくる。
「コロシテヤルヨ・・・」
「うわっ!!」
突然、耳の奥で誰がそう囁いた。当然部屋には誰もいない。
「なんなんだ・・・・」

悪夢は尚も続いた。あれ以来毎日のように同じ夢を見ては夢の中で惨殺される。
連を殺すのはいつも大河内だ。リアル世界では憎くて殺したはずの存在が
連の夢の中では逆に大河内の手によって惨殺されてしまう。しかも同じ手段で。
起きているときは良い。大河内の存在はこの世にはないのだ。
しかし夢の中となればそうは行かない。例え何年も前に死んだ人間だったとしても、まるで息を吹き返したように蘇る。
憎むべき人間を殺し、負のわだかまりが消えたはずなのに、夜になるとそれが再び襲ってくる。
これでは何のために大河内を殺したのか分からなかった。
いっそ自首して罪を償えばこの悪夢も消えるのだろうか。だがそうとは限らない。
刑務所でも夜は必ずやってくる。人間寝なければ死んでしまうのだ。
しかし寝れば大河内が現れる。
もはや連の精神状態は極限だった。夢であるはずなのに切り刻まれた部分に痛いが走る。
刺された箇所から血が噴出す感触まで伝わってくる。生温い液体が傷口から噴射する感覚。
身体をバラバラにされるときの音や痙攣まで、細部に至るまで伝わってくるのだ。
「殺したからか・・・俺が殺ったからこんな事に・・・」
連は両手で頭を抱えながら夜を迎えた。

また夢を見た。もはや説明する必要も無いほど鮮明な映像。
いつものように連は何かに追われながら走っている。その後ろから大河内がアーミーナイフを持って追ってくる。
大河内が連に追いついた所で太腿を刺す。悲鳴を上げる連。
連が倒れたところに大河内が馬乗りになり腹部、胸部にナイフを差し込む。
夥しい鮮血と共に連が「助けてくれ」と呻く。
大河内は聴く耳持たずで尚もナイフを振りかざす。それはリアル世界で連が大河内を殺したのと同じ手段だった。
「た、頼む・・・もう殺してくれ・・・」
連は夢の中でいっそ殺されたほうがマシだと思った。そしてその旨を伝えると大河内はこう言った。
「殺しはしない、壊してやるだけだ」と。
この世の全てを切り裂く断末魔は夜明けまで続いた。
「例え警察から逃げる事は出来ても、犯した罪から逃れる事など出来ない」
バラバラにされた連を見下し、大河内がそう言った。

隣の部屋から異臭がすると言う通報を受けた警察官が発見したのは
死後ニ週間は経過している首吊り遺体だった。
死亡してからかなりの時間が経過しているため、遺体は腐敗が進んでおり見るも無惨だった。
死んでいたのはこの部屋に住む鈴村連と言う男で足元には遺書のようなものが置いてあった。
遺書には「自分は人を殺した。警察から逃げる事は出来ても、犯した罪から逃れる事など出来ない」と書かれており
何らかの事件に深く関わっている可能性が強いと見られる。
部屋の中で争った痕跡は無く、警察は自らが犯した罪に悩まされ自殺したとの見方を強めていると言う。
「仏さん、相当病んでいたんだろうな」
刑事課の渡瀬が言った。
「何故分かるんです?」
部下の西垣が訪ねた。
「遺書だよ。普通殺人犯でもこんな事を遺書に残すなんて有り得ない話だ。
それに遺体の頭髪を見てみろ、メチャクチャに掻き毟った後がある」
「本当だ」
担架に乗っている遺体を見て西垣が言った。
「それにわずかだが部屋の畳の至る所に、爪で引っ掻いた跡が残ってた」
「精神的に病んでいたんですね」
「だろうな。バカなヤツだ。遺書にも書いてあるが、罪の重さからは絶対に逃げられない」
「彼はそれを分かっていなかったから人を殺した」
「そう言う事だ。分かっていたら殺さない。例え殺意は抱いても殺すような事はしない。善良な人間と同じようにな」
「誰でも憎しみや殺意は抱きますからね」
「ああ。それをいちいち実行に移していたんじゃ人類は絶滅だ」
「もう少し学ぶべきでしたね、彼は」
「そうだな。まあ今頃言っても遅いがね」

END


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