リアル妄想

(この世で最も怖いのは、生きた人間の妄想である)




「それにしても橋本さん、実に奇妙な事件ですね」
「そうですね、そもそも何のために灰と化した遺骨を盗んだのか、その理由が分かりませんね」
「物取りの犯行だとしても、そんなもの売れませんからね」
「ええ。まったく持って悪趣味としか言い様がありません」
「警察当局は、現場から持ち去られた灰と化した遺骨の行方を探しているとの事です」
「それでは、次のニュースです・・・」

1月20日。
新年を迎えて間もないこの時期の寒さは厳しく、いよいよ本格的な真冬を感じさせる冷気が朝を支配している。
時刻は8時10分。本来ならまだこの時間は家に居る時間なのだが、月丘 結城(つきおか ゆうき)は家を出た。
冬場は愛車のバイクであるシャドウのエンジンが点き難いのだ。さすがの400ccでもエンジンを掛け、バイクが暖まるまで時間が掛かった。
そのため冬から真冬に掛けては、通常よりも早めに家を出る事にしている。
「相変わらず寒いな・・・・」
家の鍵を閉めながら静かにそう呟くと、吐息が白く染まった。冬ならではの白い吐息だが、幻想的な雰囲気に浸っている場合ではない。
一刻も早くバイクのエンジンを掛けなければならなかった。
結城の住む公団住宅はいくつもの棟に別れており、その数は有に20を超える。彼の住む清瀬ではそれなりに有名な団地で
最寄の駅から出ているバス停の名前にも「団地保育園前」と言う停留所があるくらいだ。
全棟コンクリート建築で築はかなり古い。今まで何度も外装の点検やペイントの変更などが行なわれているが
土台となる地盤がしっかりしているため、外見だけでその古さを計り知ることは出来ない。
各棟ごとに駐輪所、駐車場、ゴミ捨て場が設置されており、それぞれ決った場所に置く事が義務付けられている。
一箇所に固まって置くマンションとは違い、その辺は管理が行き届いていた。
階段を急ぎ足で下りると、結城はバイクカバーを外しエンジンを点けた。朝の気温1℃と言う寒さが邪魔してか
エンジン音は酷く頼りない。しかしそれもアクセルを吹かすことで徐々に解消され、いつも通りのエンジン音へと変わった。
「ん?」
ふと視界の片隅に止まる物があった。そこは結城の住む棟のゴミ捨て場で、燃えないゴミを置く空間に見慣れないものが置いてある。
「これは燃えないゴミと言うより・・・粗大ゴミだろ」
そこにあったのは中型のスーツケースだった。勿論、スーツケースは燃えないゴミではなく、粗大ゴミである。
だが粗大ゴミは各家庭で指定されている業者に連絡し、引き取ってもらうという手段を取っている。
この団地にやって来るゴミの回収者は燃えるゴミと燃えないゴミしか持って行かない。
それ故粗大ゴミが置かれている場合はそのまま放置されてしまうのだ。
しかし結城の記憶している限りでは、昨日までは、少なくとも昨日の夕方18時にはこんなものは無かった。
結城が仕事を終え、帰って来るのが18時でバイクを置くためにはこのゴミ捨て場を通る事になるのだ。
昨日、結城が仕事から返ってきたときは、このようなスーツケースなど無かった。
つまりこのスーツケースは昨日の18時以降に置かれたものという事になる。
だが例えそうだとしても奇妙だった。この棟に住んでいる人たちは皆「重鎮」と呼ばれるほど古くから住んでいる。
この団地のゴミ回収者が粗大ゴミを持って行かない事くらい分かっているはずだ。
それを分かっていながらわざと置くとは考えられない。何故なら管理人がこのスーツケースを見つけたとき
真っ先に疑われるのがこの棟に住んでいる住人になるからだ。そう言った事を理解しながら置くとは考え難い。
時刻は8時30分を示していた。
「まあ良いや。そのうち誰かが片付けるだろう」
結城はさほど気に止める事も無く、愛車のシャドウに乗って出勤した。
管理人が見つけたら処理されるだろう。その程度にしか思っていなかったのだ。
ところがそのスーツケースは結城が仕事から戻ってきてもまだそこにあった。
「なんだよ、まだあるじゃん」
今日一日走った事に感謝しながら単車にバイクカバーを掛けると、結城はいぶかしげな表情で呟いた。
まだこの場所に残っているところを見ると、管理人にはまだ発見されていないらしい。
「変なの・・・」
まあそのうち消えるだろう。その時の結城はそう思っていた。

それから1週間が過ぎたが依然としてスーツケースはそこにあった。
毎朝、そして帰って来たときそれを見ると、一体誰が置いたんだろう?と考えてしまう。
この棟に住んでいる住人とは考え難い。となると別の棟、あるいは別の場所から来た人間と言う線が濃厚になる。
「なあ、母さん。あのスーツケースなんなんだ?」
「ああ、あれね。私もなんだろうって思っていたのよ。ずっとあるじゃない?」
「そうなんだよな。もう1週間くらい経つよ。管理人さんとかには連絡行ってないのかな?」
「多分そうだと思う。でも気味悪いよね。物が物だけに」
「今度調べてみっかな」
「ちょっと怖い感じもするけどね」
「まあ中に何が入っているか分からないしね」
「そのうち管理人さんがなんとかするでしょ」
何気ない母親とのやり取りだったが、その後もスーツケースが消える事は無かった。
結城は考えてみた。一体何故この場所に置いたのか。そして何の目的で置いたのかを。
昨日も考えたように、この棟に住んでいる人間が捨てた可能性は極めて低い。管理人に見つかると言うリスクを犯してまで捨てようとは思わないだろう。
そうなると外部の人間と言う疑惑が浮上するのだが、その場合、実に気味の悪い推理が浮かぶのだ。
別の棟に住んでいる人間だとしても、別の場所から来た人間だとしても、自分たちの場所で処理できないから捨てたと考えるのが妥当である。
と言う事は、何らかの理由があってわざわざ遠くの場所を撰んだと言う事になる。
しかしこの発想をひるがえすと、とんでもない事実に突き当たるのだ。
自分たちで処理できないから遠くに捨てに来たという事は、「所有者が自分だと判明したら困る」と言う事だ。
通常、スーツケースと言うのは購入の際も捨てる際も、所有者が第三者に知られようと別に問題は無いはずだ。
更に所有者がバレたらまずいという事は、その中身が危険な物である事を無言で告げている。
例えば中身が盗品だった場合、スーツケースの持ち主が判明してしまうと盗んだ本人も分かってしまう。
それ故始末に困り、自分を知る人が居ない、遠くの場所に来て捨てたと言うケースは事件や事故などでも多い。
加えてそれがスーツケースと言う点も巧妙なトリックが仕掛けられていると言える。
見たことの無いスーツケースがある日突然置かれていたら、奇妙だと思うのは当然である。
万が一そこに犯罪の匂いがしようものなら、誰も怖がって開けようとしないだろう。
事実、あのスーツケースに開けられた痕跡は見当たらなかった。
あのスーツケースを置いた人間は、そう言った人間の心理の裏を付いて置いて行ったのかも知れない。
だがもしそうだとすると中身は・・・・。
結城は以前テレビのニュースでバラバラにした遺体をスーツケースに入れ、海に捨てたと言う殺人事件を思い出した。
まさかとは思うが考えられない事ではない。
「まさかね、そんな事無いか・・・」
それでも一物の不安は拭い切れなかった。

翌日。
今日は休日と言う事もあって結城はのんびりとした朝を迎えた。
特に予定は無かったため、通勤で使っている愛車を整備しようと外に出た。
相変わらずスーツケースは置かれたままになっている。結城の脳裏に様々な映像が浮かんでは消える。
一体この中には何が入っているのだろう・・・。まさかバラバラにした死体とか・・・。
それとも強盗で盗んだ大金か・・・。いや、だとしたら強盗をした意味が無い。金が欲しいからこそ強盗をするのだ。
依然としてスーツケースに開けられた形跡は無い。昨日未明に降った雪が少しだけ積もっている程度である。
愛車のシャドウにワックスを掛けながら結城はふと思った。
誰も開けた形跡は無い・・・・。開けてみようか・・?・・。
そう思うと結城は作業を止め、改めてスーツケースを眺めた。
万が一バラバラになった死体が入っているのなら異臭がするはずである。しかし鼻を突くような匂いは認められない。
加えてスーツケースが置かれているアスファルトは変色していない。死体をバラバラにしようものなら
大量の血液が流れ、スーツケースの下から漏れる可能性は極めて高い。だがスーツケースに水気は無かった。
では既に白骨していると言う可能性はどうだろうか。それなら異臭もしないし、血が流れると言う事もない。
それを確認するための方法は一つ。スーツケースを揺らし、中の音を探る事だった。
「よし・・・」
結城は立ち上がり、スーツケースに近づいた。そして少々怯えながらケースの上に手を置き、ゆっくりと揺らしてみた。
だが結城の想像とは違い、スーツケースは呆気なく左右に揺れた。そして恐ろしく軽かった。
「なんだよ、こっちの考え過ぎか」
そう思った瞬間、今まで想像していた様々な説が消し飛んだ。どうやら単純のスーツケースだけを捨てたようだった。
良く考えてみれば確かにスーツケースの処理については厄介である。
いくら中型とは言え業者に引き取ってもらうにも費用が掛かるだろう。その辺を考えられば「どこかに捨ててしまえ」と思う
常識外れの人間が居たとしても、なんら不思議ではない。「ムカついたから刺した」と言う犯罪が起こる時代だ。
それを思えば「捨ててしまえば分からない」と言う考え方があっても当然かもしれない。
緊張感の途切れた結城は、その勢いでスーツケースのジッパーを握り、そっと開けてみた。
「なんだこれ」
そこには奇妙な木箱が入っていた。木目調で出来ている小さな箱である。
「スーツケースの中に木箱ですか。ますます変なの」
結城はその木箱を取り出し、蓋を開けてみた。
「もう意味不明だな」
木箱の中には何かを燃やした後のような灰が納まっていた。一見すると学校などで良く見かける石灰のようにも見える。
結城は右手でそれに触れてみた。ザラザラした感触が手に残るが、灰にしては珍しく、手に纏わり付くような感触はなかった。
「やれやれ、拍子抜けだ」
無論、中身がバラバラ死体である事を期待したわけではない。万が一そうだったら一生のトラウマになってしまうだろう。
だがしかし、いろいろと想像した挙句に見たものが単なる木箱と灰とは、ふんだりけったりである。
「俺の想像力も大したもんだ」
期待を裏切られた結城は乱暴な手つきで木箱の蓋を閉じ、スーツケースのジッパーを閉めた。
「ま、そのうち誰かがなんとかするだろう」
結城は洗車を済ませ家に戻った。

「結城、ご飯よ」
「あいよ」
何故かこの日に限って結城はテレビを消し忘れてリビングへと向かった。
テレビではニュース番組が流れている。

「いや、それにしても先日起こった灰と化した遺骨を盗んだ事件ですが、まだ見つからないようですね」
「そのようですね。その後の警察の調べによると、盗まれた遺骨の主である岡山さんと言う実家から
中型のスーツケースが盗難にあっていると言う報告があるらしく、何らかの関係があると見て捜査が続いているようです」
「そうですか、実に奇妙な事件ですね。では次のニュースです・・・・」

その翌日、スーツケースは消えていた・・・。


END


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