天国への階段



「おじいちゃん!」
「おや、もう学校は終わったのかい?」
「うん、今日は水曜日だから早いんだ」
「そうかそうか。良く頑張ったね。ホラ、これを持って行きなさい」
老人はポケットの中から無数の飴を取り出すと、それを少年に渡した。
「わあい、ありがとう」
「気をつけて帰るんだよ」
「うん!」
少年はニッコリと微笑むと、老人に手を振って帰路に着いた。


小学生の裕也(ゆうや)がいつも学校帰りに楽しみにしている事。
それは帰り道の途中に住んでいる、友達のおじいちゃんから飴をもらうことだった。
裕也が学校を出て、おじいちゃんの家の前に辿り着くとき
おじいちゃんはいつも家の外でほうきを持って道を掃除している。
よほど天候の悪いときでもない限り、おじいちゃんは毎日いつもの時間に掃除をしており
裕也とは毎日顔を合わせていた。
例え天気が悪く、雨が降っていても、裕也の来る時間になると、家の前で傘を指しながら
裕也が来るのを今か今かと待っていた。
おじいちゃんからすれば孫に当たる裕也の友達も、時折家を訪れては叔父との楽しい一時を過ごしているようだった。

だがそれも1週間前までの話。
最近、どういうわけかおじいちゃんの姿を目にする事が無くなってしまい
裕也は少々寂しい気持ちに駆られていた。
家の前に行ってもおじいちゃんは立っておらず、家の窓はカーテンで閉められている。
友達からの話によれば、おじいちゃんは一人で住んでいると言う。
裕也は部屋の呼び鈴を鳴らしたが、おじいちゃんは出てこなかった。

「おじいちゃんどうしたんだろう・・・・」

数日後のある日、裕也は学校でその友達に「おじいちゃんはどうしたの?」と聞いてみた。
すると「おじいちゃん今病気なんだ」と言う驚きの言葉が返ってきた。
友達は表情を曇らせながら、今にも泣きそうな声で答えると
裕也に「ごめんね」と誤った。
裕也は「おじいちゃん、早く元気になると良いね」と言って
寂しい内心を悟られないように精一杯の笑顔で返事をした。
それから数日間、裕也は学校が終わるたびに
「今日はいるかも」と言う期待を持ちながら家の前まで走って行った。
だがそこにおじいちゃんの姿は無く、裕也はいつも悲しい気分にさせられていた。
「早く元気なると良いんだけど」
裕也はガックリと首を落としながら家へと向かった。

ある日の休日。友達の家で勉強会を開くことになり
裕也は、教科書やノートを別のバッグに入れ替え家を出た。
明後日学校で算数のテストがあるために
クラスメイトたちは「みんなで一緒に勉強をしよう」と言う名目の「遊び」を開く事になった。
血気盛んな小学生が数人集まって、真面目に勉強するはずも無く
「一応やる予定」と言うあくまで未定の範囲内で「勉強会」と言う言葉を口にしたのだった。
家を出ると、目の前は坂である。裕也の住んでいる場所は地形が一段下がった場所にあり
どこへ行くにもこの坂を上らないと行けない場所だった。
浮かれた足取りで歩いていると、自分よりもかなり前の方を、裕也と同じ方向に向かって歩いている人が見えた。
「ああっ!おじいちゃん!」
裕也は思わず叫んだ。自分の前方を歩いているのは、すっかり見慣れたあのおじいちゃんの後姿だったのだ。
「おじいちゃん元気になったんだ!おじいちゃん!待ってよ!」
裕也は嬉しくなって走り出した。
坂道は左に大きくカーブしており、おじいちゃんの姿はまさにそのカーブへと差し掛かっていた。
「おじいちゃん!おじいちゃん!」
裕也はそう叫びながら左のカーブに消えて行ったおじいちゃんを追い掛けた。
裕也はカーブの先にいるおじいちゃんに向かって声を掛けた。
そして自分も左カーブへと入って行く。
「あれ?・・・・おじいちゃん?・・」
そこにおじいちゃんの姿は無かった。
この坂道はカーブの後も道は続いており、正面には信号がある。
裕也とおじいちゃんとの距離は長くても数十メートル程度だったはず。
それを追うように走っていたのであるから、カーブの先におじいちゃんの姿があって当然だった。
だがそこにおじいちゃんは居なかった。
「おじいちゃん?」
裕也は信号の脇にある道も見てみた。だがやはりおじいちゃんの姿は無かった。


翌日の月曜日。
普段通りに登校した裕也に、悲しい知らせが待っていた。
それは裕也が仲良くしている友達のおじいちゃんが昨日の午前中亡くなったという知らせだった。
そのおじいちゃんこそ、裕也がいつも会うのを心待ちにしていたあのおじいちゃんだった。
「病気なんだ」と言う友達の声が静かに蘇る。
その友達は学校を休んでおり、家ではお葬式が行われる予定だと言う。
裕也は悲しくなった。ホームルームが終わると急いでトイレに駆け込み
声を押し殺しながら涙を流した。
もうおじいちゃんに二度と会えない。あの優しかった笑顔を見ることは無いんだと思うと
辛くて辛くてたまらなかった。
直接的な自分の家族ではなかったが、まるで自分の家族が死んだように悲しかった。

しばらくして落ち着きを取り戻すと、裕也の脳裏にふと奇妙な疑問が浮かび上がった。

先生の話ではおじいちゃんが亡くなったのは昨日の午前中だと言っていた。
だがそれではおかしい。裕也は昨日の午後、友達の家に向かう途中でおじいちゃんに会っているではないか。
あの時は背中越しだったので、顔までは分からなかったが、あれはどう見てもおじいちゃんの背中だった。
裕也がいくら声を掛けても振り返らなかったおじいちゃん・・・。
おじいちゃんが亡くなったのは昨日の午前中。
裕也がおじいちゃんを見たのは昨日の午後。

つまり昨日、裕也は既に死んでいるおじいちゃんを見掛けたという事になる・・・・。

不思議と裕也は怖いとは思わなかった。
それが奇妙な出来事であろうと、裕也には構わなかった。

「あの時、きっとおじちゃんは天国に続く階段を登っていたんだ。そうに決っている」

そう思った裕也の目には、もう涙は無かった。

「ありがとう、おじいちゃん」

裕也はそう呟くと、ランドセルを背負って学校を後にした。


END




戻る