遠い日の約束





今ではもうその存在すら珍しくなってしまった煙草屋の角を曲がると
この辺では有名な川が姿を現す。片山アキラがまだ小さかった頃、この川で友達とよく遊んだ。
夏場は川沿いで花火を。冬は日差しを浴びながらの散歩道。
季節ごとに姿を変えるこの川の景色は、20年前と何ら変わっていない。
その変化しない風景がアキラに取っては妙に懐かしく感じられた。
川沿いの小道を北へ向かって歩く事15分。鬱蒼と多い茂る林を隔てた川の反対側にその公園はあった。
今日、10月29日はアキラにとって特別な日となる1日だった。
忘れもしない、それは今から20年前に遡る・・・。

20年前、まだアキラが10歳だった頃、彼には恭子と言う幼馴染がいた。
当時住んでいる家も近く、学校も同じでクラスも一緒だったため、自然と行動を共にする事が多かったのだ。
それは学校が終わった後の放課後もそんな傾向が続き、いつしかアキラにとって恭子は特別な存在へと変わって行った。
20年経った今では「好き」と言うよりも「恋」あるいは「愛」と呼ぶだろうその気持ちは
当時まだ幼かったアキラには「好き」と言う領域を脱しない、無垢な感情だったが
恭子に対する気持ちは日増しに大きくなって行った。
まだ汚れを知らぬ純白の恋。淡い気持ちを抱くアキラに共感するように、恭子もまたアキラの事が好きだった。
だが幼い時期特有の照れ隠しが邪魔をし、とりわけ学校では素っ気無い態度を取る事が多かった。
それでも学校が終わると、どちらからともなく手を繋いだり、頬に軽いキスをしたり
まるで大人を目を盗んだ純粋な行為が、二人の距離を縮める結果となった。
恭子とよく遊んだ場所は公園だった。いつも公園の滑り台からアキラが腹ばいになり
「見てて」と言って、そのまま頭から滑り落ちるのだった。
そんなアキラを見て恭子は「凄い!」と微笑む。
当時から運動神経の良かったアキラは、スピードに乗ったブランコから飛び降り、どこまで飛べるか試したりした。
綺麗に着地するアキラを見て、恭子はいつも「カッコイイ」と言って拍手をしたものだった。
「ずっと同じクラスだと良いね」
「うん。きっと同じだよ」
「中学に行っても同じかな?」
「じゃあさ、今度同じクラスになりますようにって神社にお願いに行こうよ」
「行く!」
二人の顔から笑顔が絶える事などなかったと記憶している。
だがしかし、別れは突然訪れた。
親の仕事の都合で恭子は遠く離れた京都へ引っ越す事になったのだ。
その知らせを受けたアキラは泣きじゃくった。恭子と離れるなんて辛すぎる。
今までずっと一緒だったのに、どうして離れ離れにならなければならないんだ。
アキラの涙を見て恭子も泣いた。二人揃って最後のときまで涙を流し続けたのである。
そして引越しの当日がやって来た。分かっていた事だけに、いざ別れのときが来ると何を話して良いか分からなくなる。
「元気でね」とか「さようなら」とか言おうものなら再び涙に暮れてしまう。
それが分かっているだけに何も言うことが出来なかった。
出来れば恭子の手を引いて、何処かへ行ってしまいたい。決して叶わぬ願いだったが、それだけ恭子の事が好きだったと言うことだ。
そして最後のとき、恭子はアキラの目の前に来た。そして手を握ってこう言った。

「20年後の今日、10月29日にあの場所で会おうね」と。

あれから20年経った今日、アキラは公園に辿り着いた。
あの時恭子が言った「あの場所」がこの公園だとは限らない。だがアキラにはそれがこの公園を示している事が直感で分かった。
二人が良く遊んだこの公園。それはいわば「二人だけの場所」である。
公園の入り口から入ったアキラの目に飛び込んできたものは、驚くほど当時のままである公園の風景だった。
変わった事と言えばベンチの数が増えている事くらいで、他は変わっていない。
ほとんど20年前と同じ原型のままで在り続けている公園を見て、アキラは感動を覚えた。
アキラはブランコに腰を下ろした。まだ恭子はやって来ていない様子である。
この20年間、恭子の事を忘れた事などない。それが明確な恋愛感情だとは断言できないが
幼き日の純白の記憶と言うものは、どれだけ月日が流れても覚えているものだ。
人間誰しも初恋の相手のことは何年経っても忘れない。それと同じだった。
恋愛感情抜きにしても恭子の事を忘れる事など出来なかったのだ。
本当に彼女は来るのだろうか。自分とは違って約束など忘れているかもしれない・・。
そう思えば思うほど悲しくなったが、例えそうだったとしても彼女を責める事は出来ない。
何せ20年も前の事である。アキラにとって恭子が初恋相手じゃなかったら忘れていただろう。
アキラは不安な気持ちを紛らわすため、公園内を見渡した。
「あれ?」
頭から滑り落ちた滑り台の真下に視線が移動したとき、そこに何かが落ちているのを見つけた。
ブランコに座ったままでは良く見えないのだが、四角い形をしている。
アキラは立ち上がり、滑り台の真下へ向かった。
「これは・・・」
滑り台の真下に落ちていたもの、それは一通の手紙だった。
その手紙はアキラの本能をくすぐった。直感でこの手紙は自分に関わっていると思ったのだ。
手紙を開くとそこには

「私が生きた18年間の証を、貴方に預けます」

と書かれた便箋が入っていた。その文字には見覚えがある。忘れるはずも無い。
文字の端麗さは当時よりも遥かに上だが、この文字は間違いなく恭子の字である。
手紙の入った封書を良く見ると、もう一枚便箋が収まっている事に気付いた。
アキラはそれを取り出すと手の中に広げた。

「あの日、貴方に渡しそびれた物です」

封書の真下から銀色に輝くロザリオのネックレスがアキラの手の中に落ちた。
「恭子・・・・」
アキラの瞳から涙が零れる。もう分かっていた。分かっているのに涙が止まらない。
この手紙が意味するもの。アキラはその全てを悟ったのだ。
恭子はもうこの世にはいない。20年後に会おうと約束したが、彼女は18年しか生きられなかったのだ。
アキラと別れたのが10歳のとき。つまり彼女はその後8年しか生きられなかったという事になる。
どういう経緯でこの手紙がこの場所に落ちているのかは分からないが
きっと恭子は自分の人生が終わる事を悟り、手紙に全てを託したのかもしれない。
その手紙が何かの運命に導かれるように、約束の日の今日、この場所に舞い降りた。
アキラに見つけてもらうために・・・そして真実を伝えるために。
「恭子・・・」
アキラは膝から崩れ落ちた。
アキラは何度も手紙を読み返した。そこには恭子が書いた文字が今も生きている。
丸みを帯び、ちょっと心細いような、そんな暖かな文字で綴られている。
深い悲しみと同時に、実に恭子らしい表現が含まれている事に気付いた。
それは「貴方に預けます」と言う部分。
預けます、つまりいずれアキラが死んで彼女のいる世界へ行ったら
私の元へ返しに来てねと言う再会を意味している言葉。
それは決して別れではなかった。幼い日の約束を守るための足掛かりだったのだ。

「何年先になるか分からない。だけど、また会おうね」


END


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