〜第5話〜「悲しみの先入観」(中編)





「水族館には沙耶の好きな熱帯魚はいないでしょ?」
「いる水族館もあるわ。だけどそういう水族館は極稀なの」
「だろうね、熱帯魚はデリケートな魚だし」
「うん。普通の魚と一緒に飼育する事は難しいわ。これ見て」
沙耶はそう言うと、大好きな熱帯魚の資料が載っている参考書を取り出し翔に見せた。
「一般的に熱帯魚を飼育するためには濾過器と言う特殊な装置が必要なの。
これは水中内のゴミを漉し取ったり(物理濾過)
バクテリアの力により魚類の排出する有害物質(主にアンモニア)を
硝酸塩などの比較的無害な物質に変化させる(生物濾過)する装置の事なの。
おまけにいろいろなフィルター方式があって、飼育するのも一苦労なのよ」
「ほほう、これはまた興味深いね」
「でしょ?熱帯地域の魚類の飼育であることから温帯である日本では屋外で飼育することは稀で
ほとんどが屋内での飼育となるのよ。だけど最近では屋内鑑賞用の魚類のうち
金魚など一定のジャンルに属する魚類を除くものを指すことも少なくないの」
「へぇ〜」
翔は感心した。
沙耶の熱帯魚好きは今に始まった事ではない。小さな頃から熱帯魚のような美しい魚に強い関心を持っており
中学の頃から独学で飼育の仕方などを学び、現在は家で数匹の熱帯魚を飼育している。
花屋のアルバイトで稼いだお金で巨大な水槽を買い、グッピーなどの有名な熱帯魚から
アメリカン・シクリッド、ゼブラフィッシュ、サラサゴン、ダイヤモンドヘッドネオンテトラなどの
希少価値の高い熱帯魚まで幅広く飼育している。
将来は自分で熱帯魚の店を持ちたいとまで考えており、本格的な行動に移し始めていた。
しかし、美しい生き物である反面、熱帯魚は飼育するのが困難である事が最大の難点である。
通常の金魚や魚とは近い、不衛生な環境で簡単に命を落としてしまう。
水槽の水の取替え一つで死んでしまう場合もある。
水槽上部に取り付けてあるフィルターと、下層部にあるフィルター
そして空気を送り出すポンプの位置関係にまで気を配らないと長生きは出来ない。
水の流れとそれぞれの行動範囲の距離によっても、その生命腺は大きく異なる。
それだけ神経の使う飼育を必要とされるのが熱帯魚の飼育の醍醐味であり難点でもある。
エサをやる時間や量によっても命に関わる大きな問題へと発展してしまうのだ。
そのため飼育してすぐに死んでしまうケースも非常に多い。
沙耶ももう幾度と無く悲しい別れを経験している。
そのたびに翔と共に庭に墓標を作り、手厚く葬っている。
いくらデリケートな生き物とは言え、死んでしまうのは悲しいものだった。
飼育していた熱帯魚が死ぬたびに、沙耶は号泣してしまう。
好きな事をするにはそれなりのリスクが伴うという良い例だった。

「水族館はいろいろと参考になるのよ。だから今日は・・・・・」
と、沙耶が言い掛けた時だった。
「翔!沙耶ちゃん!」
「えっ?」
「ん?」
まだ朝だと言うのに、ずいぶんやつれた顔をしている永久と可憐がやって来た。
「出たんだってばぁ〜!?」
「出た?何が出たんだい?」
「だから出たんよ!」
二人はクラスのドアを閉め、忍び足をするように翔と沙耶に近づいてきた。
「どうしたの二人とも。顔色悪いね」
沙耶が心配そうに言った。
「昨日寝れなかったんだ。寝たら夢に出そうでよぅ〜」
「聞いてよ沙耶!このバカ私を置いて先に逃げたんだよ!」
「バカ!逃げてねぇよ!」
「逃げたじゃない!私を置いてさ!」
「違うっつうの!」
「逃げた!」
「あんだとっ!」
「なによぅ!?」
まるで火花が見えるようだった。
「まあ落ち着いて。二人とも何を言っているのかサッパリ分からない。
どうやら昨日の事らしいけど、一体どうしたんだい?」
落ち着いて翔が切り出した。そして可憐が語り始めた。
「実は昨日の夜、深緑公園に行ったの。ホラ、最近公園で幽霊が出るって噂じゃない?
あれを確かめようと思ってこのバカと一緒に行ったんだけど」
「そう、バカとな・・・って俺のことか!?」
「五月蝿い!黙りなさいバカ!」
「バカバカ言うな!」
「そ、それで?」
すっかり苦笑いの沙耶が聞いた。
「うん。雰囲気が出るほうが良いと思って深夜に行ったの。そしたら出たのよ、幽霊が!
噂ではトンネルを抜けた先にあるベンチに出るって噂だったんだけど、やっぱり噂は本当だったの。
居たのよ!しかもこっちに向かって歩いてきたんだから」
「ん〜」
翔と沙耶は互いに顔を見合わせた。その表情には少々信じられないと言う疑いが浮かんでいる。
「ホントなんだぜ、俺も見たし。ありゃぁ、普通の人間じゃねぇ・・・」
もはや永久の顔は真っ青である。
「それは何時ごろだったの?」
「深夜零時は回ってたわ」
「なるほど、だとしたら確かに普通の人間じゃないかも知れないね。
普通、そんな時間に公園なんか行かないし」
「だから人間じゃねぇって。なんだかユラユラしてて年食った老人だった」
「ホントに幽霊だったの?見間違えたとか・・・・」
「ううん、見間違いじゃないよ。あれは確かに老人だった。噂通りのね」
沙耶の言葉に可憐が答えた。
「待てよ、深緑公園と言えば・・・・老人・・?・・・・」
「どうしたの?」
何か思い当たる節があるような翔に沙耶が聞いた。
「いや、まだなんとも言えないんだけど。ちょっと聞いて良いかな?」
「なに?」
「二人が会った老人なんだけど、変った所はなかったかい?」
「変ったところ?どうかな〜慌てて逃げちゃったから・・・」
「俺も見ている暇なんかなかったしな〜」
「そりゃあんたは逃げたしね。私を置いて」
「だから逃げてねぇっての!」
「フン!」
「まあまあ二人とも」
まるで漫才コンビでも見ているようだと、沙耶は思った。
「出ると噂されているベンチの周りとかはどうだった?」
再び翔が聞いた。
「ベンチの回り・・・あ、そう言えばどうしてか分からないけど、ベンチの周りに何故かガーベラの花が置かれてた」
「ガーベラ?」
「うん。しかも綺麗に並べてあった気がする」
「そんなん、あったっけ?覚えてねぇな〜」
「洞察力無さ過ぎ・・・」
可憐がボソっと呟いた。
「この・・・褒めないヤツだな」
永久は握り拳を作って見せる。

(深緑公園・・・噂の心霊スポット・・・ベンチに出る老人の霊?・・そしてベンチに添えられたガーベラの花・・・)

散りばめられた破片が何かに形成されていく感触を翔は覚えた。
何か気になる。そして「ある事」が浮かぶと、翔の中で全ての破片が一つになった。

「もしかしたら、それって幽霊じゃなくて普通の人間かも知れない」
「えっ?じゃあ私たちの見間違えって事?」
「そりゃないぜ、翔。あれはどう見ても幽霊だぜ」
「何か根拠はあるの?」
沙耶が聞いた。
「ん〜少しだけ。断定は出来ないけどね。だけどもし僕の考えが当たっていれば
二人が見たのは幽霊ではなく、普通の人間という事になる」
「と言う事は、巷で流れている幽霊話も嘘ってこと?」
更に沙耶が聞いた。
「そういう事になる。だけどむしろ可憐が言ったように単なる身間違えの可能性が高い」
「ええ〜、見間違えたのかな、私たち」
可憐が嘆いた。
「だけど普通の人間の方がよっぽど気味が悪いわね。深夜に公園に現れるなんて」
「や、やめてくれ・・・そっちの方が怖いぜ」
「翔君、沙耶、二人とも確かめてくれるかな?このままじゃどっち付かずで余計怖いよ」
「ああ、それが良い。4人で行けば怖くないしな」

「やれやれ、厄介な事に巻き込まれたもんだ」

翔と沙耶の渇いた笑いはこの後も続いた。

完結編へ続く・・・。


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