夢の葬列



数日前から高柳 大地(たかやなぎ だいち)は、時折襲ってくる頭痛に悩まされていた。
某大手IT企業に勤務している大地の所属している部署は「営業課」
ほとんど年中無休で書入れ時である仕事上、健康を損なう可能性は非常に高い。
確かに最近は顧客が順調に増え続け、ほぼ不眠不休の日々が続いている。
いつ身体を壊してもおかしな状態ではなかったが
調子が悪くなって頭痛に襲われると言うケースは、大地の健康上前例が無い。
喉が弱い大地は、風邪を引くと、いつも喉が一番最初にやられる。
その次は腹で、頭痛を感じるのはせいぜいインフルエンザの時くらいである。
そのため、このような激しい頭痛を伴う事は極めて異例だった。
「疲れてるのかな・・・」
もはや言わずとも「疲れてるさ」と言う返事が返ってくる事を承知の上で、大地は頭を擦りながら呟いた。
そう言えばこの頭痛が始まった当初、そのきっかけとなった出来事があったはずなのだが・・・
あの時は今よりももっと割れるように痛かったはず。
幾分痛みの引いた頭で記憶の引き出しに手を掛けるが、どうしても思い出せなかった・・・。

翌日、午前10時30分。

昨夜から続いている激しい頭痛は、時間と共にその痛みに加速が増した。
とうとう耐えられなくなった大地は急遽会社に休暇の一報を入れ、病院へと向かった。
呼び寄せたタクシーに乗ること20分。都内では割と有名な病院へ到着すると
大地は大急ぎでカウンターへと向かった。
「あの外来で診察をお願いしたいのですが・・」
ナースステーションで看護婦にそう伝えた。
「お名前は・・・」
「高柳大地です」
「高柳様・・・あ、既にご予約は承っております」
「はっ?予約なんて入れてないんですけど・・・」
「すみません、こちらの私的な事でした。どうぞお気になさらないでください」
「はあ、そうですか・・・」
新人の看護婦なのだろうか?と言う疑問が大地の脳裏に浮かんだ。
予約とか私的な事とか意味が分からなかったが、今は深く気にするほどの余裕は無かった。
「あちらの列にお並びください」
看護婦が指差した場所を見ると、まるで死人のような病人たちが、病室の前で一列に並んでいる。
「あ、はい・・・」
大地は言われるがまま、その列の最後尾に並んだ。
「何なんだ、この病院は・・・」
実に奇妙な病院である。通常、自分の診察を待つ場合は、椅子やソファに座って待つものだが
この病院にはそれがない。
奇妙な点はまだあった。それは病院内に居る人間である。
どこを見渡しても患者の姿しか見えないのだ。しかもその患者たちは全員白い服を着ている。
服と言うよりも「白装束」に近い井出達をしており、皆同じデザインの格好だった。
男女で違いがあるわけでもなく、全員がまったく同じものを見につけているのは何故だろうか?
更に奇妙な事に、ナースステーションは存在するが、会計を済ませる場所が見当たらない。
診察を受けて会計を済ませるという行為は、それが病院でなくとも共通しているはずなのだが、それらしき場所が無い。
「変な病院だな・・・何で皆同じ格好なんだろう・・・」
大地は疑問に思いながら院内を見渡した。
そしてもう一つ、おかしな点に気が付いた。
時間を示すもの、つまり時計が無いのである。
通常の病院であれば、入って正面の壁などに柱時計や掛け時計が設置されているはずなのだが
この病院には時計と言う存在そのものが無かった。
改めて院内を見渡すと、どう考えても不自然な点が次々と明らかになって行く。
どういうわけか付き添いの人らしき人間が居ない。
病院へと入ってくる人間こそいるが、やはり白装束のようなものを纏っており
尚且つ病院から出て行く人たちがまるでいない。
院内は増える一方で、減る気配が感じられなかった。
「なんか薄気味悪いな・・・・」
大地の経験上、このような奇妙な病院は始めてである。

しばらくすると自分の前に並んでいた人が病室へと入って行く。
「あれ?そう言えば病室から誰も出てきてないような気が・・・・」
気味の悪い院内に気を取られて忘れていたのだが
次の人が呼ばれるという事は、その前に診察をした人は終わっているはず。
にも拘らず病室から出てくる様子がないのはどう言う事だろうか。
まさか別の出入り口があってそこから出たのか?
いや、そんなはずはない。どう見ても出入り口はここしかないのだ。
「どうなってんだよ、この病院は」
大地がそう呟いたときだった。
「高柳さん、お入りください」
病室の中に居る医者から声が掛かった。
「あ、はい。失礼しま・・・っ!?」
大地はドアを開けた瞬間言葉を失った。
「な、なんなんだよ、これっ!?」
そこは病室ではなく、とてつもなく大きな地下への入り口だった。
大地の正面に巨大な階段が延々と続いており、階段の手前にはまるで「門番」のように
白装束をまとった表情の見えない医師がいる。
先ほどまで自分の目の前に居た人間たちが、皆同じ階段を下がって行く。
階段は2つあった。1つは地下へと続く階段。もう1つは空へと続く階段。
一見同じような階段に見えるが、地下へと続く階段の遥か下には
今にも地上まで上がってきそうなほどの灼熱の炎が渦巻いていた。
「ここは、ど、どこなんだっ!?」
「高柳大地さん」
すると目の前に居た医師が口を開いた。
「残念ですよ、非常に残念だ」
「な、なにがだよっ!」
「貴方はここへ来ても、自分の身に何が起こったのか覚えていない」
「はあ?意味が分からないんだけど」
「残念ですよ。もし貴方が自分自身に起こった事を覚えていれば、あちらの階段へ進む事が出来たのに」
意志の指差した階段は空へと向かっている階段だった。
「どう言う事だっ!ここはどこなんだよっ!うわっ!」
そう叫んだ瞬間、自分の意志とは無関係に身体が勝手に動き出した。
地下へと続く階段へ向かって・・・。
「なんなんだよ!くそっ!俺が何したって言うんだ!おい、答えてくれ!」
「高柳さん、貴方は・・・・」
「うわあああっ!」
何かを言おうとした医師だったが、言い終える前に大地の身体は一気に持っていかれ
急降下で階段を下り、灼熱の炎の中へと吸い込まれた。
「た、助けてくれっ!!!!」
大地がそう叫んだ瞬間、全ての思考回路と意識は、完全に切断された・・・。


同日、午前10時55分

「10時55分。高柳大地さん、残念ですが・・・・ご臨終です・・・」
「そ、そんな・・・・」
「大地!?大地!?いやああああっ!?」

それはとても静かな死だった。
数日前から「頭が痛い」と言っていた息子の大地が、会社を休み病院へ向かったところ
その病院の入り口で意識を失い、そのまま帰らぬ人となった。
病院に着いたのが10時30分頃、その後たったの20分でこの世に別れを告げたのである。
母親の幸枝は魂の無くなった息子の身体にすがりつき
父親の和也は拳を強く握り、悲しみに暮れた・・・。
「応急処置を施したのですが、脳梗塞でした。
処置を施している最中、ずっと魘されておりました。
きっとこの世で最後の夢を見ていたのでしょう。お悔やみ申し上げます」

医師は足音を立てずに部屋を後にした。
息子の眠る霊安室では、母親の泣き叫ぶ声が止まない。

「高柳さん、貴方は既に死んでいるのですよ」

あの時、医師の言葉が大地に届いていたら
既にこの世から別れを告げた彼の魂は、一体何を思ったのだろうか・・・

「死んだ自分が最後に見た悪夢」
それがどうか安らかなものでありますようにと
どこかの世界で大地は思う事だろう・・・。


END





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