第5部 「海外編」

N.SAKAMOTO

 

 語学の弱かった自分には、それが海外単独行においての大きな壁であった。金銭的な問題も大きかったし、結婚して子供ができ、住宅ローンを抱えてからというものは、心の片隅に半ば封印しかけた夢であった。1985年頃、友人のM君が中国を皮切りに果敢に海外に出かけては見事な写真を撮ってくるのを見ても、自分はまだ尻ごんでいた。「情けない」そう思って時だけが過ぎた。その後、格安航空券の出現など海外旅行が気軽にできるようになるにつれ、海外撮影の記事が鉄道雑誌でもたびたび紹介され、国内では見ることのなかった風景が、まだ海外では残っているかも知れないと思いだした。とたんに海外が気になり始めた。そして21世紀。とあるチャーター運転がきっかけで顔見知りとなった人に、近江鉄道で再会する。彼は3年間で海外渡航40回という海外撮影の猛者だった。話を聞くに及んで自分の渡航への思いは加熱し始める。しかし平日の休暇は仕事上取りづらい。1回目の誘いをキャンセルした。「やはり行けない。」そう思っているところへ、帰国後の連絡で自分がかねてより訪問したいと思っていた路線が、今回の訪問時に撮影禁止となったことを聞かされ愕然とする。もうウジウジしていられない。次のツアーに自分は内容を確認することなく参加することを心に決める。そして渡航。蒸機との出会い。憧れていた「現役」の素晴らしさに心が躍る。「海外の車両はどうもなじめない」そんな言葉が自分をごまかすための言い訳だったように思えるほど、形や塗装のことなんかほんの些細な違いに思えた。「写真では伝わらないものがある。実際に行ってみなければわからないことがある。」それを確信した。

 今帰国するたびに次の感動が待ちきれなくなる。貯金も減る、嫁さんも困惑している。バランスがとても難しい。でも蒸機にとって残された時間はそれほど長いものでないようだ。また行きたい。すぐに行きたい。日本よりスリリングであり、それでいて日本で失われた心温まるものがあったりする。五感が刺激される心地よさ。「きっとこれを探していたんじゃないのか?」失意のもとに始めたホームページ。奇妙なリンクが出会いを生み、いつしか自分の方向性は失った過去へではなく、未来へと続き始めた。「インターネットって、すごい!」そう思った。

 


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中国訪問2001

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夢にまで見た製糖工場の機関車達

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再び製糖工場の機関車達へ

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三度、製糖工場の機関車達へ

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フィリピン訪問2002

 

VICTORIAS MILLINGの機関車達

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