その2
コロニアル・ウィリアムスバーグを訪れると、中央を走るデューク・オブ・グラウスター通りの中ほどにそびえ立つレンガ造りの教会が目に入ります。 このブルトン・パリッシュ・チャーチに任命された初代の牧師はマーサの曽祖父、ローランド・ジョーンズでした。マーサの祖父オーランドは弁護士となり植民地参議会議員に選出されています。当時政界に進出するということは即ち上層階級への登竜門に昇りつめることを意味していました。

こうして出世街道を極めた人たちの中で良い例は前頁でも少し触れましたがロバート・カーター。 「キング」と呼称された彼はこうして得た力を大いに利用ー 例えば奴隷船が船場に着くと彼らが市場に引きずり降ろされる前に自ら検閲に乗船し自分のプランテーションでの労務に耐える頑健そうな人物を選りすぐったりー したと云われます。彼は奴隷に対する残酷な仕打ちで知られていますがそれ以外は他のどの農園主も適わないほど厚遇したようです。 衣食住のうち特に住ですが、殆どの奴隷の住まいは床もなく土間に直に藁を敷いて寝起きしていました。 それに比べロバート・カーターは棚のように床から離した寝台を作ることを許可したとの事です。 もっとも彼の場合人類愛からそうしたのではなかったことは明白ですがー 。 同名で別人 −実は孫に当たるー ロバート・カーターについては追って逸話をご紹介する予定ですので是非読んでくださいね。。
さて、本筋に戻って・・・ マーサの弟バーソロミューはエリザベス・メーコンを娶っています。母方のいとこに当たる女性です。読者の中には「また、いとこ同士の結婚?!」と呆れる方達もおられるのではないでしょうか。当時の植民地ではたびたび見られる現象で、特にトーマス・ジェファーソン大統領の母の実家、ランドルフ家は血族結婚で滅んだ、と言われるほどです。
またマーサの妹アンナ・マリアはバーウェル・バセットと結婚しますがその甥は後年、第九代合衆国大統領に選出されるウィリアム・ヘンリー・ハリソン。同大統領に関しても一章を設ける準備中ですので興味をお持ちの方はどうぞご期待下さい。アンナ・マリアの娘はファニー。彼女が結婚するのはジョージ・ワシントンの甥、ジョージ・オーガスティン・ワシントン。またしても身内同士の結婚ですね。この男性は身体が弱く早死にしますがアヘン中毒だったとも言われています。
一方、マーサの別の妹エリザベスは早く夫を亡くして再婚しますがその夫はアルコール中毒で妻に暴力を振るうような男性でした。マーサは常にこの妹の身を案じていたと言われます。エリザベスが病死した後はその娘、(アンナ・マリアの娘と同名の)ファニーを引き取っています。
さて適齢期になったマーサが出会った男性はダニエル・カスティスといって、「反対を押し切って結婚した場合、遺産相続はさせない」、という父の掟に逆らわず40歳近くなっても独身を通していた人物。 当然マーサとの結婚にも猛反対していたのですがその父が思いがけず急死。19歳のマーサは無事にカスティス夫人の座に収まります。新婚夫婦は亡父から受け継いだシックス・チムニー・ハウスの豪邸を当時植民地首府であったウィリアムスバーグに空き家として残したまま、マーサの実家の近くに 「ホワイト・ハウス」 と命名した新居を構えます。
が、幸せな結婚は長くは続かず僅か7年後ににダニエルの死により終止符が打たれることになります。
その後「ホワイトハウス」の近くにある亡夫の親戚の家で巡り合ったジョージ・ワシントンと再婚した後に大統領夫人となるマーサですが当時はまだワシントンDCに公邸ホワイトハウスは完成してませんでした。歴代の大統領の中でワシントン夫妻だけホワイトハウスに住んでないのです。初婚で構えた屋敷の名が 「ホワイトハウス」 だったとは運命の悪戯でしょうか。なお、カスティス夫妻のホワイト・ハウスは南北戦争中戦禍を被り現在では跡形もないようです。

ダニエル・パーク (マーサの夫ダニエル・パーク・カスティスの祖父)
www.britishempire.co.uk
(この写真はブリティッシュ・エンパイアのウエブサイトから拝借しました。)
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ところで、ダニエルの父、ジョン・カスティスは生前浮名を流すことが多く、幾度と無く往復していた英国から遺産の分け前を目当てに訴訟を起こす女性が相次いで現れダニエル・カスティス夫妻は経済的に脅かされることになります。
そうした状況下、奴隷のジャッキーが突然死。彼はジョン・カスティスの寵愛を受けていたアリスという名のムラトー (白人と黒人奴隷との間に生まれた色白の奴隷) の息子。ジョンの遺言で彼の死後に自由が約束されていたのです。しかも敷地内に家屋も譲渡されていましたが、当時のバージニア植民地令により奴隷が私有財産を持つことは禁じられていた上、自由になった元奴隷は六ヶ月以内に他植民地への転出が強制されていました。
遺言を破棄する法廷手続は経費も時間もかかります。そこで両者の間で話し合いが行われたのか、ジャッキーは一応形式上は奴隷の身分のまま事実上は拘束を解かれた自由人としてジョン・カスティスから譲られた家に住むことになるのです。ところが一年も経つか経たない頃、事件が発生。首に激痛を訴えながらジャッキーが出血とともに急死。あまりにも不審な死に方に他殺と見た検察官は、犯罪の裏に動機のある人物としてマーサとダニエルに疑惑の目を向けます。
しかし個人のプランテーション内で起こったこの事件。証人がいたとしてもそれが奴隷であれば法廷での証言は許されません。結局、証拠不十分のままこの殺人事件は迷宮入り。若し被害者であるジャッキーが奴隷でなかったら・・・マーサの運命は変わっていたかも知れませんね。
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