その2

奴隷自由州ペンシルバニアにあった公邸に住んでいた頃の話ですが、自宅から奴隷を同行させていたワシントン夫妻、「同州内に六ヶ月間滞在し続けた奴隷は誰でも自由人となれると知ったら自分たちの奴隷も逃亡を企てるに違いない」 という懸念からひとつの対策を打ち出します。それは期限ギリギリまで働かせた奴隷を直前になると必ず用事を言いつけてマウントバーノンに一旦帰すことでした。

再びオネイの話題に戻りますが、家女中として畑仕事などのような重労働はさせないほど目をおいていた、奴隷というよりむしろ使用人に近い待遇をしたマーサは、彼女が失踪してからというもの、何とか連れ戻そうと随分ジョージ・ワシントンのお尻を随分叩いたようです。

それに応え、不承不承フェリーの乗り合い所など他人の目に付くような場所に 「ウォンテッド・ラン・アウェイ・スレイブ」 (逃亡奴隷・指名手配) のチラシを貼り付けたりしたジョージ・ワシントンではありましたが、彼は後年、− 特に大統領二期目に入ってからは、− 奴隷制度を改めて考え直すようになっていた様に筆者には感じられます。、自由を求めて逃亡する奴隷を連れ戻すことにはかなり抵抗を感じていたのではないでしょうか。

オネイ(の母)は元々マーサのお輿入れの際、持参した家財の一部。謂わばマーサの資産。夫であるワシントン、否が応でも一応協力する姿勢は見せざるを得なかったのかも知れません。 どんな話が両者の間に交わされたのか知る術もありませんが、その後居場所を突き止めたにもかかわらず連れ戻さずに終わっています。

しかも1799年に世を去るまでに (およそ200人に増えていたマーサの持参奴隷は除き) 彼自身に属する奴隷のみ123人は全員、「マーサの死後自由を与える」、という風に遺言を書き改めているのです。

ところが、彼ら奴隷たち、それ程長く待たずに自由を手にしています。 理由は、と云うと・・・。 

遺書が発端となりワシントンの死後マウント・バーノンは不穏な空気に包まれます。開放を約束された奴隷たちの夢は女主人マーサがこの世を去って初めて叶う、つまり彼女がこの世にいる続く限り彼らの自由はお預けになるわけで、奴隷たちが命を狙っている、という噂があちこちで流れ始めたのです。こうした流言に慄いたマーサが結局、亡夫の死後一年も待たないまま123名の奴隷を解放することになった、というわけです。

歯が悪く、奴隷から抜歯させてそれを自分の差し歯にした、などといった非情とも思えるエピソードを残したワシントン。しかし特に大統領任期中から晩年に掛けては奴隷制度に疑問を抱くようになり、遺書に奴隷解放の一筆を加えることで彼なりに罪の償いをしようとしたかのようにも見えます。

それにしても、ワシントンの死去する1799年からリンカーン大統領による奴隷解放宣言のある1863年まで64年の歳月が流れてしまっています。個人としてだけでなく合衆国全体の奴隷を解放する勇気があったら、どれだけの黒人が苦悶から救われたか計り知れません。

彼の怖れていた南北戦争はいずれにしても避けられなかったわけで、それは歴史が証明している通りですから。

ところで奴隷といえば、彼の弟、ジョン・オーガスティン・ワシントン家の農園、ブッシュフィールドに働いていたムラトー(白人の血の混じった奴隷を指す呼称)の一人にヴィーナス・フォードという奴隷女性がいました。ジョージ・ワシントンは幾度かこのプランテーションに単独で足を運んでいるのですが、ある時、このヴィーナスが奴隷小屋で彼女自身より更に色白の男児、ウェストを産み落とします。それを知ったジョンの妻ハンナが「赤ん坊の父親は誰?」と問質すと、何と返って来た言葉は、「オールド・ジェネラル・・・ (老いた将軍) 」 だったとか。

ワシントンの遺言に従いマーサの死後はジョンの息子、ブッシュロッド・ワシントンがマウント・バーノンの主となるのですが、その際、自由人となったウエストもやって来て敷地内に一角を構えています。そしてジョージ・ワシントンの墓の管理人として一生を送っているのです。生存中もワシントンはウェストを礼拝に連れて行ったり、馬車に便乗させたり、読み書きを教えたり、と奴隷とは考えられないような例外的な優遇を施しています。

ジェファーソン大統領と女奴隷サリーの関係を質すDNA検査が行われましたが、ウェスト・フォードの子孫とワシントン大統領との血縁関係は、フォード家一族内で語り継がれて来た 「ワシントン先祖」 説を除いては検証されていないようです。

ワシントンと奴隷に関しては他にも逸話があります。といっても、ワシントン自身ではなくて、マーサの連れ子ジョン・パーク・カスティスの長男ジョージ・ワシントン・パーク・カスティス (以降、愛称のウォッシュ)にまつわる話ですが。次の頁をお読みください。





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