トーマス・ジェファーソン


ビザー・スキャンダル −その1−


  再び、ウィリアム・ランドルフ家の兄弟を思い起こしていただきましょう。

次男トーマス・ランドルフはタッカホー・プランテーションの主。その息子ウィリアム (祖父と同名) はトーマス・ジェファーソンの父ピーターの親友でした。 が、生前中用意した遺書に息子トーマス・マンの後見人として親友ピーターを指名したため既述の通りジェファーソン親子はタッカホーに引っ越してくることになります。

そのトーマス・マンの子供達のひとり (同名の) トーマス・マン・ジュニアは成人後、ジェファーソンの長女マーサと結ばれます。 そして妹ジュディスはリチャードという従兄と結婚しますが、彼の祖父で同名のリチャード、 トーマス・マン・ジュニアの曽祖父トーマス、 そしてマーサの祖父は兄弟同士でした。

初代ランドルフ家の四男坊、リチャード・ランドルフはポカホンタスの血筋を引く名門ボーリング家の娘ジェインと身内同士で婚姻を結んでいます。 人々の語り草となるビザー事件はその孫、19才でトーマス・マン・ジュニアの妹に当たる17才のジュディスと結婚したリチャードを中心に起こります。 しかし実際に事件の舞台となったのは彼らのビザーと名づけた新居でではなく訪問中の別のいとこのプランテーションででした。

ところでこの事件には、もう一人の主要人物、アン・キャリー (通称ナンシー) という女性 −ジュディスの妹− が加わります。 姉ジュディスとその夫で従兄に当たるトーマス・マン・ジュニアが結婚しビザーに新居を構えた後で母を失った彼女は父の再婚相手*と馬が合わず苦悩の日々を送ることになりました。 継母となったのは何と彼女と幾つも歳の違わぬティーン・エイジャー。

*(注) 彼女の名はガブリエラと云いますが、夫トーマス・マン・ランドルフの亡くなった後でジョン・ブロッケンブローという医師と再婚、リッチモンド市内に1816−1818年に建築した家に住み始めます。この邸宅は後年何と南部同盟の本部、ホワイトハウスとなり、現在は南部同盟記念館となり見学が可能となっています。

同家の長子であるトーマス・マン・ジュニアが既にマーサ・ジェファーソンと結婚し別所帯を構えているのを好い事に資産相続をはかり男児をもうけようとする継母、 多感な年頃のナンシーを邪険にします。そんな継母との同居は耐え難くなり父を説得し姉の嫁ぎ先、ビザー・プランテーションに引越すことになったのですが、そこには姉の夫リチャードの弟たち二人、セオドリックとジョンが頻繁に出入りしていました。

とくに次男のセオドリックはナンシーと殆ど時期を同じくしてビザーにやって来て同居を始めています。三男のジョンの方は当時プリンストンの学生でしたが、間もなくふたりとも、このナンシーに夢中になってしまいます。そして、ナンシーの心を射止めたセオドリックは婚約という時点まで愛を煮詰めていくのですが幼い頃から虚弱体質であった彼はその後原因不明の病気に罹り急死してしまうのです。

この頃から塞ぎこみ同時に太り始めたナンシーを何とか励まそうと、いとこのメリー・ランドルフとランドルフ・ハリソン夫妻が自宅グレンティバー・プランテーションに、リチャード夫妻、ジョン、そして彼女の兄嫁でジェファーソンの娘、マーサなどを泊りがけのパーティーに招きます。事件は1792年、このプランテーションを舞台に発生しました。

夜も更けて皆寝静まったあと、突然叫び声にホストであるメリーとランドルフが目を覚まします。その後直ぐ誰かが階段を駆け降りて行き、暫くして再び駆け上って行く足音を耳にしたグレンティバーの主ランドルフ・ハリソン、不審に思い声のする二階に上がって行こうとしますが行く手を遮られてしまいます。ナンシーの部屋の前に立ちはだかり、「悪夢をみたようだが、もう大丈夫そうだから」 と言うのはリチャードでした。

そして翌朝、庭に積んであった薪の下に産み落としたばかりと思える赤子の死体を奴隷が発見します。 知らせを受けたメリーは血痕を辿って行くとそれはナンシーの泊まっていた部屋に続いていて彼女のベッドは血で染まっていました。 ナンシーは、「許婚者だったセオドリックの子。昨夜、流産してしまった」 と繰り返し主張。

事情徴収して回った検察係りの者たちはリチャードに容疑をかけます。子供を失った妻ジュディスが以来アヘンを常用するほど鬱病状態でいたにも拘らず彼は公然とナンシーと仲睦まじくしていたことなどから夫婦関係に亀裂が入っていた、しかも堕胎させる薬草を所持していたことから、赤子が生まれると不都合な理由があった、などというのがその理由。 こうして彼は事件の裏に動機が十分ある人物として、新生児殺人の他に姦通罪の容疑もかけられたのでした。

しかし、そこはなんと言ってもランドルフ家、当時花形の匆々たる弁護士達、 パトリック・ヘンリーや ジョン・マーシャル (注) −最高裁判所長官となりますが同氏の曽祖父は彼らの曽祖父と兄弟の間柄です− 等、を揃えて裁判に挑みます。その結果、新生児の死体を目撃したという奴隷達は、(奴隷の証言を禁じていた当時の法令により) 証言台には立てなかったこともあり、リチャードは無罪放免されます。

(注) リッチモンド市内には同邸 −ジョン・マーシャル・ハウス− が保存されています。

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