真偽を問わない侍、それがパンク侍
おそらくは町田康の小説史上もっとも無意味かつ無内容(褒め言葉)であろうこの作品を読み耽り、
読後の感想はと言うと間違いなく最高に有意義な時間を過ごした、というものでした。
武士の時代に現代(サラリーマン上下社会)を蘇らせ、現実と虚構の間にある壁をぶち壊し、
お馴染みの退廃落語調の文体で存分に楽しませてくれます。
そして何より町田文学は言葉の持つ爆発力・破壊力が半端じゃない。文字を追うということが純粋に楽しいと改めて感じさせてくれます。
ネットで安易に使用されていうよなカオスとは一線を画したこれぞ本当のカオス。
んで、タイトルにもある「パンク侍」の単語。作中に一度だけこの単語が登場しますが使い方がうまい。絶妙です。
あそこでこの単語をもってくるともはや言うこと無し。
体制が息を潜めた今の時代においてパンクを声高に叫んでも空々しいだけなのに、町田康は何故この言葉を使ったかと言うと、
彼にとってパンクとは「反骨」「反体制」ではなく「世界の前提を問わないタフネス」を意味しているのではないか、というのが僕の勝手な想像です。
ともかく、極上のエンターテインメント。
およや
書店で「パンク侍」というタイトルに惹かれて購入しました。
読んでみると、パンクについては出てこないじゃないかい!と突っ込みたくなるのを抑えつつ、町田氏の言葉のユーモラスさ、想像力のすばらしさに、ただ感動感激。
前半部分は場面の移り変わりが多く、何の関連性があるのか分かりづらくて、読むのに退屈を覚えましたが、後半部分になって腹ふり党が復活をはじめると、どんどんどんどんです。面白くてたまりません。
ですから、最初はつまらなくても、とりあえず内容をしっかり覚えて、後半に備えておいてください。面白いです。
ほんで本文の途中に出てくる、何気ないような一文が、町田氏の思想、人格などを連想(?)考えさせてくれます。
見事なパンク
この人が長編を書いたらどんなことになるのかと思って、読んでみた。 粗筋は、諸国を放浪している凄腕剣士が、ある藩で、悪徳宗教の蔓延を阻止するために雇われて、四苦八苦する、というもの。こう書くと普通だけど、中身はすごい。なんてったって、宗教集団の名前は、「腹ふり党」だし、集団退治に猿が出てくるし、剣士の得意技は、ひどい名前だし。 (「おほほほ。あなたに拙者が斬れるかな。というかこちらからいくよ。『悪酔いプーさん、くだまいてポン』かなんか知らんが、じゃあこれはどう?僕の秘剣、『受付嬢、すっぴんあぐら』を受けてみよ」) なんて書いてある。ふざけている。けど、いろんな人が言っているけど、町田さんはいつでもまじめなのである。全体を読むとそれが伝わってくる。弛緩しきった文体が突然、きゅっとしまるときがある。そこにびびっとくる。 (「、、、あるとき僕は僕のあたまの中に言葉が満ちているのに気がついた。自分と世界以外に言葉というものがあって、それまで生きていた世界以外に言葉によってできたもうひとつの世界があることに気がついたのです。しかもそのふたつはなにかによって串刺しになっている。(、、、)つまり言葉の世界は言葉によって派生したものによってもうひとつの世界と串刺しにされているということだ」) と、こういう文章にびびっとくる。見事に文学している、気がする。これをしゃべっているのは誰かということを考えるとまたすごく面白かったりする。ここでは書けないけど。
とにかく読み進むべし!!! ラストに斬られろ!?
なんかタイトルに惹かれて読み始めたら、どうも最初はなんだか訳のわからない話にまったく進まないストーリーにかったるいなあと思い、思わず投げ出しそうになりました。 絶妙な台詞のやり取りが結構面白かったのでしばらく我慢して読んでいくと、あらら、中盤から一気に話が見えてきて、とてつもなくシュールで現代的な時代劇の始まり始まりといったところ。こりゃ傑作じゃん!!、となりまして候。 正統派時代劇を期待して本書を手にとる人はまずいないと思いますが、ここに描かれている表現はまさにもう好みの問題かもしれません。ですが、終盤に出てくる大臼様が出てきてからはもう空前絶後の展開で個人的には小説でこれほどぶっ飛んでいて、かつその絵が違和感なく頭に浮かぶというのは初めてでした。 これ完全映像化出来たら、大傑作か大こけかのどちらかでしょうね。でも見てみたいなあ、この小説の映像化(笑、必死)
あはははは
脳の普段使うことがない部分に チクチク刺さるような言葉選びと、 その並べ具合がとても素敵。 読中読後の半笑いが しばらくの間、戻らなくなって困った。 深夜に半笑いが 戻らなくなってもかまわない人は是非。
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