難攻不落の城デースケドガー。
芥川龍之介の「英雄の器」という短編小説がある。
なんでも、帝王学の一つの要諦は、自分で自分を越えるか、または
自分を自分のなかにまったくかくして、個としての自分を公のものと
にしてしまう、それができるかどいうことであろう、と宮城谷昌光氏は
歴史の活力の中で、「英雄の器」を引用して言う。
デースケドガーとは全く関係ない。
スティグマタという映画では、教会という建物や組織を重視した宗教社会
への警鐘(のように思ったのだけれど)というか、メッセージのようなもの
を感じた。キリスト教徒ではないので、どうのこうのと言う資格も権限も
ないから、宗教的な意味合いを考えずに、
個を守る装甲のように建造物や威厳を強調する組織というものの
ミステリーを思ったりした。
あくまでも、よりどころとしての場所や集まりであるべきなのだろうか。
企業色一色の社会では、よりどころであるだけでなく、葛藤も伴う空間
でもあるように考えたりする。
難攻不落であるかどうかは、攻められる状態が勃発するから問われる問題で、
事態が発せられなければ、無意味な準備に終わる。備えあれば憂いなし
には違いないが、要なければさらに憂いなし。
フィロソフィックなデースケドガー。
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