武田二十四将に数えられる軍師。
山本勘助は、近世において武田二十四将に含められて、武田信玄の伝説的軍師としての人物像が広く知られるようになった戦国時代の武将である。『甲陽軍鑑』においては勘介と名乗り、諱を晴幸と呼んでいる。出家した後は道鬼斎を称している。しかし、これは文書上からは確認できず。「山本勘助」は軍鑑の影響下にある近世の編纂物に登場する人物像であるので確実な文書からは一切の存在が確認できないために実在については疑問視されている部分が多い。さらに近年では「山本勘助」に比定される可能性のある「山本菅助」の存在が複数の文書上から確認されている。