デジカメ閑話

ひょっとして、こういうこと?

先日EOS D30が発表されたときに、「D30の30とは、なんぞや」と書いた。で、その後で気付いた。ひょっとして、「PowerShotのS10の次がS20、でその次に出てきた機種だから"D30"」ってことなの?

しかしD30はPowerShotでなくてEOSである、コンセプトから見たって繋がりも見られない。ちなみにFUJIのS1proも頭にFinePixと冠を付けているものの、それまでの機種が3桁、4桁のモデル名だったことを考えれば、ネーミングからはハッキリとその差を見ることができる。

ところで、CanonはEOS D30の発表と同時に"デジタルIXY"なる新モデルも発表している。見事な小ささで、多くの人の目に留まることは難くない。しかし、このIXYの登場により、PowerShotシリーズはこれまで自らの利点としてきた「軽さ・小ささ」を無くしてしまったことになる。存在価値を無くしたと言っても良い。デジタルIXYの発表はPowerShotシリーズの終焉を意味しているのだろうか?

果たしてそうなのか?と思ったところ、Canonからは「光学手ぶれ補正搭載デジタルカメラ用レンズ」の発表。これまでもOEMで出していたレンズの延長上のものかとも思わせるが、Canon自身がこれを使うことも充分に予想される。もしそうなれば、その白羽の矢はPowerShotシリーズに向くに違いない。つまりPowerShotシリーズはその「世界最小・最軽量」の夢をデジタルIXYに託し、IXYとEOSの間を結ぶべく高機能化への道を進み出した、と結論づけるのは飛躍のしすぎだろうか。

最近、Canonの社長が「デジタルカメラのシェアを今後大きく奪還する」と言ったとか言わなかったとか。その決意の表われが"D30"のネーミングには込められているのかもしれない。
・・・あぁぁ、我ながら説得力のある内容になってしまった(^○^)。

'00.05.25
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高画素化と解像度

同僚が新しいデジタルカメラを購入した。聞けば300万画素機を買ったそうである。自分の撮った写真をWindowsの壁紙にして嬉しそうにしているところを見ると、世の中知らない方が良いって部分が確かにあるんだなぁ、などと考えたりして。ちなみにその写真、[1280x960]のサイズに縮小したせいか、かなり解像度は高く見える。

・・・しかし考えてみると[1280x960]って言ってみれば130万画素なわけ。このことは130万画素だって解像感が高ければ「うわぁ、細かい」って感じることのできる写真を実現できることを証明している。ところが現実として、130万画素機にそこまでの解像感は無い(あ、でも私の知る範囲なので断定するのは問題かも)。

画像ビューワーでどんどん画像を拡大していくと分かるが、民生用のデジカメでは看板の文字のように境目のクッキリしたものを撮影してもその境界には中間色がのったりするし、エッジ強調がキツいと黒や白の線が入ったりする。つまり1ドット、2ドット分解像感を損なってしまう。これは200万画素でも300万画素でも同じ状況だと思われるが、画素が多い分画像に占める割合は少なくなり、これらを縮小すればさらに平均化の処理の中で見掛けの解像度が上がってくるのだ。

実は上に書いてきたことが全て正しいのかは自信が無い。でも、「1280x960のサイズでも細部の表現は可能である」という1つの事実からは、現状の130万画素機にだって、それ以上の画素を持つモデルにだってまだまだ改善の余地があるということ、高画素化によって解像感を求めなくても良いということを示している。もちろん、大きいサイズでのプリントアウトを考えれば高画素が必要なことも、解像感だけが写真の全てでないことも認識しているつもりである。

'00.05.29
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今の時期は・・・

最近、週末になると測ったように天気が悪い。先週末も時々雨が降ってくるような天気で、しかも風まで。折角"良さげ"な被写体を見つけてもあれだけ風が強いと、撮ろうという気持ちが萎えてしまうし、日曜午後なんかは晴れたんだけど、今度はムシムシの暑さ。・・・カメラ小僧泣かせの季節がやってきました(梅雨も近いし)。

しかし、この時期って何を撮るべきなんですかね?こういうとき何か主題を持っている人は迷うことないんでしょうが、最近の私はDC260を持って以来、何か目を引く色彩感のものを中心に撮ってきたので周囲が色をハッキリさせしまったこの時期はナカナカ被写体が浮かびません。「夏も近いし、水着のおねぇちゃんでも」なんて言ったって、そんな度胸もないし(^○^)。

この頃気になっているのは空。午前9時頃の青々とした空とか、雨が降った次の日の空とかナカナカ清々しい色をしてます。夏も近付くこの時期なんて空は晴れていても真っ白ってイメージでいましたが、まだまだ捨てたものじゃありません。折角発見した(←大袈裟)空なんで、これを被写体にするのもアイデアの一つなのでしょうが、何かプラスアルファな部分が欲しい気分。

しかし写真を始めるまで花の名前とか(覚えてないケド)、空の色とか(ただ感動するだけだケド)気にしたこともなかったのに、人間変われば変わるモンです。

'00.05.30
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他人の目

先日友人が遊びに来た。聞けば写真屋でパートをしていると言う。思わずシッポを振ってしまう「デジカメって扱ってる?やっぱり安く手に入れることとかできるの?デジカメからプリントを頼む人っているの?何か勤めていてイイことあった?−−−」もう延々^^;。

ちなみに彼女が使っているカメラはNIKONの一眼レフ。客が下取りに持って来たものが廻りまわって彼女のものになったらしい(タダだったらしい、う〜ん)。
 私「どんなレンズ持ってるの?」
 友「いろいろぉ、、、でも、やっぱりよく使うのは50mm」
 私「え・・・ひょっとして単焦点なの?」
 友「そう、ズームは持ってない」
 私「全部ニッコール?(これに弱い)」
 友「そうだよ。でも代えるの面倒だしピントは合わないしで大変」
 私「げ・・・AF付いてないの?」
 友「マニュアルだよ〜〜」
 私「!!!(ツワモノだ、この人!)」

おそるおそる以前プリントアウトした写真を見せてみる。「デジカメも結構キレいだね」とは言ってもらったものの、やはり例の紫の花の写真、色が浮いている点に関しては「ちょっと不自然」とも。それでも自分の撮ったものに対してコメントをもらえるのはウレシイもので、勉強になりました。あらためて広角レンズの意味も認識させてもらったし。

人に見てもらうってのは緊張感あるし、刺激的だし面白いっす。きっと人の撮ったものを見るのもいい経験でしょうね。というワケで塩尻在住のAよ。今度遊びにいくので写真見てくれ、見せてくれ!これを読んだら連絡くれ・・・直ぐには行けないと思うケド。

'00.05.31
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6月だよ〜〜

6月だよ〜〜、6月!別に女子高生の衣更えを期待しているわけじゃないよ(←すけべぇ)。私が待っているのはImageClubのコンテスト「自画自讃」の再開。サイトの方には『5,6月にはテーマを発表するから撮り貯めしておいてね』なんて書いているのに全然進展が無い。残念なことで・・・

でも折角なんで第4回コンテストの"お題"を予想してみよ〜〜。これまでのテーマを復習しておくと、第1回から『夏の思い出』『秋』『冬』となっており、順当なら『春』とか『春の息吹き』とかでも良さそうだが、そろそろ四季からは離れるのでないかと予想(こういうのを深読みという^^;)。実は5月にコンテスト再開だったら「五月晴れ」や「こいのぼり」あたりがくるのではないかと重い、近所のこいのぼりを結構気合入れて撮っていたのに、今や6月。どうやら外してしまったようだ。(あ〜あ、こんな写真、来年の5月まで使えないじゃん)
というワケで、今回のお題は『梅雨の晴れ間』と大胆予想!早速明日から的を絞って撮影を始めます。(←口ばっかり)

しかし、何故私はこんなにこのコンテストに燃えているのか−−−理由は簡単「優秀賞で満足できるかぁ」ってこと。もっと平たくいうと、優秀賞なんて名誉賞なのねって言いたいダケ。え、まだわからない?しょーがないなぁ、単に最優秀賞なら記念品が豪華になるんでないかって期待しているの!

な〜んてイロイロ言いながら、本当のところは週末になると悪くなる天気を理由にカメラを触っていない自分にハッパを懸けているだけだったりする。

'00.06.02
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写真展のハシゴ −1−

いや確かに写真店(カメラ屋)もハシゴしたけど、今回の話題は写真展のハシゴ(と言っても2件よ)。見に行ったのは、渋谷・Bunkamuraの「1000人の写真家が撮る The Herat of Japan」と、恵比寿・東京都写真美術館の「21世紀に残したい自然−日本列島北から南へ」。もともとはチケット貰った前者に行こうとしていたところ、テレビで後者の写真展の紹介を見てしまったために急遽写真展を廻り見ることに。

「"1000人の写真家が撮る"ってことは、少なくとも写真が1000枚あるってことなの?」なとど考えながら会場に到着したものの、結果は見事に的中。立ち並ぶ壁に埋め込まれた写真、写真、写真、これを眺める人、人、人。正確な枚数は分からないが1000枚はあったに違い無い写真、それぞれのカメラマンが取った代表作(なのか?)が撮った季節順に並んでいるものの、全部撮影者が違うもんだから被写体もテーマも千差万別で、かなり体力を要するのは事実。「The Herat of Japan」とは、最大公約数的なタイトルとしては間違いではないかもしれないが、アラカルト的なものですね。こちらは6/7まで開催。

ちなみにここで印象的だったのは『同級生(カメラ教室)』というタイトルのモノクロ写真。なんのことはない、おじいちゃんが写っているだけ。このおじいちゃん、カメラ教室の生徒なのだろうか、普段は撮ることはあっても撮られることには慣れていないのだろう、顔をクシャクシャにして照れている。その表情が自然で良かった・・・

会場を出たら、もうヘトヘト。カメラマンの方々のサイン会とかやっていたが、そこに誰が座っているのかも確認せずに即会場を後にする。こんな頭の状態だから、つい三谷幸喜の対談集なんか買っちゃったりして。(内容なんか全然薄いのに、無性におかしくて思わず手にしてしまった)

そんなこんなで恵比寿に向かうことに・・・(続きは次回)

'00.06.05
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写真展のハシゴ −2−

疲れた体を引きずりながら向かった先は東京都写真美術館。私、恵比寿ガーデンプレイスには何回か来たことがあったのですが、その近くにこんな施設があったとは知りませんでした。単発ながらカメラマンの方によるレクチャーなどもあるようで、今後要チェックです。

この写真美術館の2階で行なわれていた写真展が「21世紀に残したい自然 −日本列島北から南へ」。こちらはまさしく風景写真展であり、これを期待していた渋谷で裏切られてしまった私としては一安心(あちらは、ちとツラかった)。日本各地の自然を集中的に撮りつづける31人のカメラマンによる作品が展示されており、順に北から南に向かって進むかたちで並んでいる。

鑑賞者がそれほど多くなかったせいもあるのか、ゆったりとした時間が流れる中で自分のペースで鑑賞できたので、非常に心地よい。富士山フリーク(?)としては、夕映えの中にそびえる富士の写真なんかも印象的だったが、北海道のキタキツネの親子を捉えたカットも、その場面に行き着くまでに労したであろう時間、作業を考えると感慨深いものがあった。

そう、キタキツネの写真にも言えることなのだが、きっとどの写真家も自分のフィールドを熟知した上で、そこで起こるであろう偶然に近い瞬間をフィルムに収めるために、多大な時間を費やしたに違いない。思えば、これらカメラマン達の年齢を見れば、どの方も決して若くはなく、また展示されている写真も必ずしも最近撮影されたものではない。長く撮りつづけた中から生まれてきた至極の作品なのだろう。頭の下がる思いである。

こちらの写真展は6/18まで。入場は無料。

清々しい気分で会場を出た後で、カバンに入れておいたデジタルカメラを取り出してみる。自分は今後何を撮れるのだろうか、何を撮れば良いのだろうか、などと考える。目の前の光景にシャッターを押してみる。写っていたのは、ただその目の前の景色であった。

'00.06.06
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Kodakから新モデル

昨日のって、キザじゃなかったですか?いや、最後はキサにしてみたつもりだったんですが。え、全然?あ、そう・・・残念。まぁ、その分今日は砕けて(壊れて)みようかと。

Kodakから300万画素の新モデルが発表。自分としては全然ノーマークだったので、ちょっとビックリ。でも、そのデザインが今までのDC260/290路線でなくなったと聞いてビックリ、そんでもってその形を見てみたらあまりの個性的なデザインにこれまたビックリ。いや、ワタクシ的にはそれほど問題だとは思えないのですが、なんか飯盒みたいな印象も^^;。

しかし、スペックはなかなか好印象。高感度設定が可能なこと、絞り優先AEが付いたこと、Degitaを捨てたお陰なのか各種動作が早くなったこと、液晶モニタの質が上がったこと、2対3のアスペクト比で焦点距離が28mmとワイドなこと、と言ったところがポイント?これに16秒までのロングシャッターが使えることを考えると・・・いいよね、いいよねぇ〜。

あと、密かに期待しているのはラチチュード。以前からKodakのモデルって、他の機種に比べてラチチュードの幅が広いと言われているが、今回の300万画素機でも同様のことが期待できるのか、かなり気になるところ。でも、使っているCCDの大きさなんか他のモデルと大差ないのに、どうしてこんなことが可能なんでしょ、不思議(誰か教えて下さい)。

ところどころに上がっているこの新モデルのサンプルを見る限り、ノイズのせいかクリアさがイマヒトツのように見えたケド、色の方は「さすがコダック」と言いたくなるようなもの。日本コダックの開発モデルって聞いていたのでチト心配していたのですが、どうやら横の連携は取れているようですねぇ。「もうちょっと評価が上がってくるのを待ちたい」なんて冷静ぶっているケド、心の中ではもう一人の自分が・・・。あぁぁ、誰か止めて!

'00.06.07
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銀塩カメラの楽しさ

この前の日曜は天気の良かったこともあって、久々にカメラを手にしました。お供にはデジタルカメラだけでなく、銀塩一眼も連れてお出かけ。以前こんなことを思っていたこともあって「1回のシャッターを大事に」などと自分に言い聞かせる。

前日の土曜日は雨も降りそうな曇天だったのに、この日は見事に晴れ、そして青空。「こんな日は、シャッターを押す指も軽やかだよね〜」なんて思っていたら、いつ間にかいつもと同じペースに(進歩ないじゃん)。それでも、これまでよりは想いの入った撮影をできていたと思うんですが・・・

しかし、フィルムカメラって楽しいんですよね、いやいや、正確には一眼レフが楽しいってことなのかも。何が楽しいのか−−−カメラ操作の容易さがその理由だと思います。即ち、調整に時間が掛けずに直ぐに撮影に没頭できる、ということ。私は絞り優先を使うことが多いのですが、とかく調整をすることが多いのです。もうちょっと絞りを開けようとか、やっぱりプログラムモードでいいや、とか。簡単にパラメータを変更できる、という点の大切さを痛感した次第です。翻ってデジタルカメラを考えてみると・・・まぁ最近のモデルならともかく、私の持っているものだと全然お話しになりません。

目下のところ、このときに撮った写真がどうなっているのか楽しみなところであります。でも、きっとゲンメツするんです。そしてこう思うでしょう「撮ったその場で確認できたら、どんなに良かったことか」。こうして、私のデジカメ一眼への想いは強くなっていくのです(買えないだけに)。
現像される(現実をみる)前までが、銀塩カメラの楽しみの1つであるような気がするんですが、これって変ですか?

'00.06.08
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デジカメの長所を生かす被写体

ポートレートを撮る際に被写体を際立たせるため、背景をボカすのは基本のテクニックの1つだろう。「背景ボケボケが良いわけではない」と銀塩の世界に長くいる人は言うが、これができる/できないで表現できる世界に差が出るのは確かだ。一般的なデジタルカメラの場合ポートレートの距離で背景をボカすことは非常に難しく、デジカメ使用者のボケへの憧れは強い(私はそう、すぐにボカしたがる)。

ボケない理由が撮影面であるCCDの面積に因る以上、無いものねだりをしているのも策が無い。この点が逆に利点となることもあるはず。

背景がボケない、ということは逆に考えれば、どこにでもピントが合っている(ように見える)と言い換えられる。これが大きく役立つケースとしてマクロ撮影が挙げられる。被写界深度の浅いフィルムカメラがマクロでピントを合わすのはナカナカ難しいが、デジタルカメラでは液晶を見ながら簡単に合わせられる。やはり、背景のボケまでを表現とするケースでは苦しいところはあるが、被写体にピントを合わせる、という点においてはマクロ撮影ではフィルムカメラを上回る点があろう。

逆にボカす必要の無い被写体、即ち遠景撮影等ではフィルムとデジタルのカメラに大きな違いはなく、やはり被写界深度の深さにおいてデジタルカメラの方が有利と言えるところもあるのではないか。ただし、遠景撮影においては細部の描写力がポイントとなるだろう、画素数の少ないカメラではフィルムカメラ相手には苦しいところ。(もっとも高性能なレンズを持って来られたら、どんなデジカメもひとたまりも無い)

ここまでは言わばパンフォーカスカメラにも置き換えられる話しでもあるが、デジタルカメラには「撮って、すぐ見られる」という大きなアドバンテージがある。つまり、フィルムカメラでは簡単には挑戦しにくいような写真にも取り組むことができるのだ。夜景撮影ロングシャッター撮影がその範疇に入るか。どちらも確認したときに出来が良くなければ、何度でもトライできる、という意味でやはりフィルムカメラを大きく上回る魅力があると言えるだろう。

こう並べてみて、気付いた方はおられるだろうか。入選したこの写真、これまでの条件にピッタリなのである。風景写真であること、逆光気味で明暗差が激しい被写体であること、といった点が当てはまると思うが、画素数の少ないところに関しては、被写体を大きく写すこと、あまり細部が必要無い被写体であること、でカバーしているつもりである。いや、本人そこまで考えて撮ったのか、定かでないが・・・

おかげさまで「デジカメ閑話」も今回で50回。記念といってはナンだが、私のデジカメに対するスタンスを披露させてもらった。ん、卑陋と言う方が正解か?

'00.06.09
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要望,問い合わせは肩車のやしちまで、どうぞ。