何も言わない。
御陀仏さんだなんて失礼なことは言わない。

「あの国のあの法則」ケーススタディ3:「或る宰相、その生と死」

  1998年、あの国とW杯を共催するという失政を犯した橋本内閣は、97年危機で都銀1行と大手証券1社を生贄とした挙句、退陣した。後を継いだのは「冷めたピザ」と馬鹿にされた凡人宰相、小渕恵三 だった。彼は思い切った財政出動で景気回復を図り、事実IT景気と呼ばれる99年のつかの間の好況を実現させた。しかし、「あの法則」はこのようなイレギュラーを許さなかった。「あの国」と組む日本は景気がよくなってはならない。「あの法則」は非常手段に出た。小渕総理は00年5月、病に倒れ、まもなく息を引き取った。【イルボソ氏コラムより】

一時持ち直していたのに、W杯共催を決めてからガクっと景気冷え込んだ。しかし、小泉首相になってから、教科書や靖国神社参拝でイチャモンを付けられ、回復の準備は徐々に整いつつある。W杯後、韓国をボロ雑巾のように捨て去ることが出来れば、日本の景気は急速に回復すると断言出来るのだが…。