
I子に残っているのは公立高校1校のみ。万一、不合格なら行くところがない。I子はすっかり元気を失ってしまった。平静に受験すれば合格の可能性は高いのだが、再びこ の間のようにならないとは限らない。「落ち着いてやれば大丈夫!」と周りは言うのだが、I子の不安は増すばかりで、教室でも時々涙ぐんだりする。私も本当は不安だったな。
公立高校入試当日、私は同僚に代わってもらってI子の受験校の引率になった。I子は青白い顔でやってきた。
傍らに呼んで「どうだ?調子は?」「せんせいーっ、もう・・イヤデ・・イヤデ・・」今にも泣き出しそうな顔である。私はおもむろに内ポケットから紫色の薬袋を取り出し、
「これはな、知り合いの医者につくってもらった特別な精神安定剤だ。めったに手に入らないんだぞ。先生も大学入試のときに内緒でつくってもらったがよく効くぞ。いるか?」
半信半疑のような顔で手を差し出した。
「待て待て!この薬は飲む時間を考えんと効かんぞ。試験開始30分前と15分前、絶対に時間を守って2回飲まんと意味がないぞ。できるのか?」
I子は奪い取るように私の手から受け取った。私は2回、どうだ?飲んだか?」と確認もしてやった。一種の催眠である。I子は段々落ち着いてきて、顔にも赤み
が戻ってきていた。
「よーし!よう効いとる!大丈夫だ、行って来い!」
2回目の確認のとき、背中をポーンとたたいてやった。
帰途、「どうやった?」と訊くと「うん!落ち着いてできたと思うわ。あの薬、ホントによく効いたわ。」と自信ありげである。
「アノナー、あの薬な、あれは本当は片栗粉と砂糖をちょこっと混ぜただけやで。今朝、かーちゃんにつくってもらったんやわ。」とばらしてしまった。I子は青くなったり
赤くなったりしてしまいには泣き出して所かまわず私をぶち続けた。叩きたいだけ叩かれてやった。
I子は合格した。何年か連続して年賀状に「あのことは今でも忘れません」と書いてあったな。私も忘れないな。