忘れることのできない教え子達の想い出を、彼らや彼女達の幸せを祈りながら綴っていきます・・・
4・薬の中身
 入試というものは時に思わぬ結果を伴うもので、忘れられないことがいくつもあるもんだな。I子は保母さんになりたいという明るい生徒だったが、この子が思わぬ苦難を 強いられることになった。私立高校は事前の中高の話合いでほぼ結果が見えているのだが、I子の結果ははなんと「保留」で返ってきた。合否ではなくて「保留」である。訊 くと、「調査書と試験の点があまりに違うので」ということであった。高校に出かけ答案を見せていただくと、どの教科も考えられないような単純ミス、たとえば回答欄が一 列ずれているとか、明らかに問題を読み違えて答えている等々のオンパレードであった。I子に受験時の様子を訊くと、相当緊張していたのだろう、よく思い出せないと頼り ない答え。かなりあがりやすく気の小さいタイプではあったがこれ程とは・・・。この年は大幅に定員をオーバーしていたこともあって、I子は結局不合格になった。

 I子に残っているのは公立高校1校のみ。万一、不合格なら行くところがない。I子はすっかり元気を失ってしまった。平静に受験すれば合格の可能性は高いのだが、再びこ の間のようにならないとは限らない。「落ち着いてやれば大丈夫!」と周りは言うのだが、I子の不安は増すばかりで、教室でも時々涙ぐんだりする。私も本当は不安だったな。

 公立高校入試当日、私は同僚に代わってもらってI子の受験校の引率になった。I子は青白い顔でやってきた。
傍らに呼んで「どうだ?調子は?」「せんせいーっ、もう・・イヤデ・・イヤデ・・」今にも泣き出しそうな顔である。私はおもむろに内ポケットから紫色の薬袋を取り出し、  「これはな、知り合いの医者につくってもらった特別な精神安定剤だ。めったに手に入らないんだぞ。先生も大学入試のときに内緒でつくってもらったがよく効くぞ。いるか?」
半信半疑のような顔で手を差し出した。
 「待て待て!この薬は飲む時間を考えんと効かんぞ。試験開始30分前と15分前、絶対に時間を守って2回飲まんと意味がないぞ。できるのか?」
I子は奪い取るように私の手から受け取った。私は2回、どうだ?飲んだか?」と確認もしてやった。一種の催眠である。I子は段々落ち着いてきて、顔にも赤み が戻ってきていた。
 「よーし!よう効いとる!大丈夫だ、行って来い!」
2回目の確認のとき、背中をポーンとたたいてやった。
 帰途、「どうやった?」と訊くと「うん!落ち着いてできたと思うわ。あの薬、ホントによく効いたわ。」と自信ありげである。
 「アノナー、あの薬な、あれは本当は片栗粉と砂糖をちょこっと混ぜただけやで。今朝、かーちゃんにつくってもらったんやわ。」とばらしてしまった。I子は青くなったり 赤くなったりしてしまいには泣き出して所かまわず私をぶち続けた。叩きたいだけ叩かれてやった。

 I子は合格した。何年か連続して年賀状に「あのことは今でも忘れません」と書いてあったな。私も忘れないな。