是か非か!
長い教師生活の間には後悔もいっぱいあるもんだな。長い間是か非か迷い続け何年もたって、「あれはまちがいだった・・・」と苦い思いを噛みしめることもある。
1980年代、私は荒れに荒れた大規模な中学校に勤務していた。子ども達の荒れ方は今思い出しても本当にひどいもので、卒業式には制服の警察官の警備をお願いするような
時代だった。
当時の卒業式は、正しい服装でない生徒・異装の生徒は卒業式に出席させないというのが一般的な学校の方針だったな。もちろん、卒業式にむけて服装などきちんとさせる
指導に力を注いだのであって、これは今日の中学校でも当然のように行われており、この機にこそ生徒の服装などを正させようと必死に半ば問答無用的に行われたんだ。
ある年の卒業式、学校一のつっぱりNはいつものものすごい異装異髪で登校してきた。最後の最後までそれこそ式開始直前まで担任などが説得したが受け入れず、ついに
Nは式に出席させないことになったんだ。怒るNは「帰る!火をつけてやる!」などとわめきたてる。そんなNを、どういう経緯でそうなったのか覚えていないが、体育館から
遠く離れた生徒指導室で叱り、なだめ、なぐさめ、見張り?、ひたすら式の終わりを待つのがそのときの私の役目だったんだ。体育館に行こうとするNをドアーの前で何度も押し止め
座らせたことか。待つこと2時間、長い長い時間だったな。だんだんNも落ち着いてはきたが、私への敵意に満ちた目は変わることはなかったな。むろん、どんな話をしていた
のかも覚えていない。とにかく「早く終わってくれ」とそればかり願っていた。
Nには式後に校長室で卒業証書を担任等の立ち会いのもとで渡すことになっていたが、Nはこれを拒否、帰ってしまって二度と学校に現れることはなかった。管理職等からの
ねぎらいに私も少しはホッとしたが、後味の悪さはひどいものだった。
「あれで良かったのか・・・・?」、ずっと長い間、私はひっかかり続けていた・・・。はっきりと「あれはまちがいだった・・・」と自己批判できるようになるまでには何
年もかかった・・・。「Nにすまない・・」とずっと思い続けているんだ・・・。読んで下さった先生、あなたはどう思いますか?議論できることを期待し応援してます!