
彼は中学時代私が顧問をしていた野球部のキャッチャーでキャプテンであった。野球が何よりも大好きな彼は、すばらしいファイターでどんな厳しい練習でもよくついてきた ものだった。が、勉強のほうは全く駄目で、授業中はたいてい居眠りをしており、部活になると人が変わったように元気になる子どもだった。勉強も少しは頑張るように担任の 私はよく言っていたのだが、高校野球で甲子園を目指す彼は聞く耳を持たず、勉強は殆どしなかった。それでも彼は希望どうり野球で有名な私立高校に野球の特待生で進学できた。 私は祝福して送り出したのだったが・・・。
彼が深刻な顔で私のもとを時々訪れだしたのは、1年生の秋頃だったか。「野球部をやめたい」という彼はなかなか多くを語らなかったが、「部内の1年生へのいじめに耐え られないというようなことを言った。中でも「練習より寮での生活が辛い」(野球部は全寮制だった)と言うようなことを言った。中学時代はどちらかと言えばお山の大将だった から、よけい辛いのだろうと来るたびに頑張るように話していたのだが・・・。
2年生になって早々に彼はアキレス健を切断するという大怪我をした。怪我が癒えた後、彼は野球部に戻らなかった。そして、特待生の権利もなくなり、授業料を納めなければ ならない普通の高校生になった。授業も今までとちがい全て出席しなければならなくなったことは、彼には苦痛以外なにものでもなかったのだろう。2年生の夏休み明けに彼は高 校を退学した。
家内に親切にしてもらったお礼の電話をしたことが縁で、彼は一夜奥さんと子どもを連れて、私の家に来てくれた。そして、高校退学後の人生がいかに大変だったかを語ってく れた。別れ際、彼は傍らの我が子を見ながら「スポーツもいいけど、こいつにはそこそこ勉強もさせたいですよ・・。」と言った。私は深くうなずくしかなかった。