「海軍伏龍簡易潜水装置」


はじめに
★伏龍潜水装置は、大戦末期末期に本土決戦用に開発された潜水器です。上陸してくるM4シャーマンを水際で舟艇ごと撃滅するための特攻必死兵器で、開発は昭和16年あたりから、水中の軽作業用に作られた物を流用と思われるがさだかではない。しかし伏龍の試作から完成まで、昭和20年の1月から2月までとされているので、基礎的なシステムはできあがつていたはずで、イタリアのフロッグマンとか、デービス呼吸装置(潜水艦からの脱出用)などが基本と考えられる酸素潜水装置である。
伏龍の簡単な説明

性能と酸素潜水について
★酸素潜水装置である伏龍は、純酸素のボンベ150気圧を2本を利用して、5〜7時間の水中行動ができたと言われています。また、この潜水装置は一度吸った酸素から悪性ガスを苛性ソーダで取り除き、酸素を再利用するので無駄がなかったわけです。そのためにこの潜水装置は現在の空気潜水の様に一度吸った空気を捨ててしまわない点が(スキューバダイビング、アクアラング)まったく違った考え方でできているわけです。注目すべき点は当時ヘルメット潜水以外で世界1の潜水行動時間があったのと、空気潜水とちがい、排気で潜伏地点を発見されずらいなどの優秀な性能があった。また、伏龍は複雑な機械や装置まったく使っていなくて、すべて当時現存した他の兵器の部品(高圧バルブ3、中圧変圧機、中圧バルブ1、中圧ゲージ、高圧ゲージ、ヘルメット乾式潜水服、航空用清浄缶)の組み合わせたものにすぎず、そのへんは物のない昭和20年に適合した兵器といえる。
伏龍の問題点
★また、この画期的な伏龍潜水装置は数々の問題点を持っていた点がたいへん有名です。中でも、清浄缶の中に海水が入ると、強力な悪性ガスが発生して潜水員を死なす例が多くあったと言われております。この事故がおきた場合潜水員はそうとう苦しんで死ぬことを余儀無くされ、この様子は、かく伏龍隊訓練地配備地で悲しい戦争の話しとして人々の記憶にのこっております。
実戦配備型とプロトタイプ
★伏龍には2タイプがあったのはあまり知られていません。開発にあたった所で作ったタイプは鋳物でできたヘルメットに残圧計があるのが特徴で、当時の潜水研究のプロが作っただけあって実用にたえる物で、防水さえしっかりしていれば、現在の酸素潜水装置の上を、行く装置なのは玄人が見れば明らかである。(現在は、酸素潜水装置が主流でなく、空気潜水が主流。)
★問題の現地生産型についてだが、どうも部品を適当に集めて作っていたために、接合部からの浸水で苛性ソーダの科学反応が問題だったと考えられます。しかし、この点、逆流防止弁などを追加すればよいはずですが、当時の戦局から考えるとそれも無理だったようだ。
また、現地生産型は残圧計が無かったために、酸素の消費量や残圧がまったく分からなかった。そのため、かんをたよりにした潜水時間を選択しなくてはいけない訳で、当時のまったくの素人に訓練使用させるのはたいへん危険な物であったはずである。戦争だから仕方がないと言えばそれまでですが。
攻撃方法と兵器
★伏龍の攻撃方法は5〜7mの海底に潜伏して竹の先に付けた爆雷で上を通る上陸用舟艇を爆砕するのが主な攻撃方法です。また、この爆雷のことを「5式撃雷」と勇ましい名前にしていました。この名前は、当時の伏龍部隊兵器開発部か指令部で、「必死特攻の士気を上げるため」に付けられたとされている。「爆」より「撃」の方が派手だからと言うことらしい。
★これ以外の攻撃方法に逆上陸作戦などが考えられていたようです。作戦内容は「ゴムの防水袋の中に、100式機関短銃や軽機関銃などを詰めて米軍上陸地点に潜伏し、ころ合いをみはからって水中から奇襲逆上陸して弱い背面をたたく」と言うものです。この戦術は、「上陸用舟艇の船底を5式撃雷で突く伏龍の攻撃方法に無理があると考えた」、伏龍戦術兵器開発をおこなっていた所が研究されていたようです。
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