大房岬の旧日本陸軍軍事施設

館山湾の北に位置す大房砲台は、有名な館山海軍航空隊、州ノ崎航空隊、海軍砲術学校、などの海軍使節の多い南房総には珍しい、陸軍施設で、黒船来襲にそなえて首都防衛のために、建設された物で、勝山の陸軍監視地点、大黒山などが付属施設としてあります。この砲台は、昭和20年の時点で完全に要塞化されていました。しかしメイン要塞砲は軍縮させられた、「軽戦艦、鞍馬」の20センチ副砲塔2を大正14年に配備しました。参考までに、千葉県が作った観光パンフレットには空母「鞍馬」とあり一時 軍艦ファンを「謎の空母あらわる」でお騒がせした事実もあります(^-^;。 

現在は大戦中のなごりに海上自衛隊のヘリなんかもバタバタしています。

さて、いきなり残念なことに、砲座跡は現在なくなっちゃったわけで、昭和19年設営の B-29の夜間防空用の100式防灯(?)跡しかなくて、これが唯一の軍事施設ファンの見る所。この写真は防空灯の発電機を守るトーチカ式艦砲防御洞。

中身を見ると、本当に爆片を防ぐために、くさび型スリットの窓があったりしますが、穴は半分うめられております。

これが、地下の防空灯格納庫に通じる入り口。良く見るとけっこう深い。

奥まで30メートル歩いて行くと、こんな感じの吹き抜けになつていて、地下15メートル。

この地下から上を見ると、エレベーターのワイヤーが通る凹みがあつたりしますが、垂直に刻みを作ったもう少し原始的な歯車式の物かもしれません。

下を覘くと、凹みがあって、エレベータで、防空灯を地上に出していたみたいです。もしかすると、東京湾内に夜間侵入する、軍艦の砲弾から守るためにつくられているのかもしれない。このへんの判断はちょっと難しそうです。

地上から下を見るとこんなになっていて、落ちるとただでは済まないので、フェンスが、はってあります。さきほどのワイヤーの通る凹みがもえます。

「要塞水源地跡」、地上戦になると水源地は重要。しかし、この水源地は、陸軍水源地とあり、この近辺の水源地は、必ず、「陸軍、海軍」とどちらかの名がうってあるコンクリート製の標識があったりします。

例の細菌部隊が、演習したと伝わる、大房の南の断崖。このあたりは海軍施設に取り囲まれていたので、ここで演習したのは、まんざら嘘でもなさそう。問題の海蛍爆弾の産地は館山なので、そのへん繋がりかもしれない。これは海蛍爆弾の外核の瀬戸物技術は陸軍蚤爆弾部隊供出といわれ、海軍の秘密兵器なのによくも、技術供出していた謎の鍵かな。仲が良いのか悪いのか?
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