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★本土決戦用桜花43乙型発射場として作られて、今でも安房郡の三芳村下滝田に残るカタパルト跡。(上写真)本来は桜花11型は一式陸攻に懸架されて、敵の機動部隊に近づき距離10キロの所から母機の一式陸攻より切り離されて、固体ロケットエンジン3本に点火して滑空突入する有人体当たり兵器として開発された。しかし、本土決戦では、母機による輸送の必要はないので、内陸山頂に作られた秘密発射基地よりカタパルト発射される事になる。もちろん相手は上陸部隊を満載した輸送船や上陸支援艦だ。通常の桜花は母機からはなれると、固体ロケットエンジンで、後続距離が10〜30キロしかないのですが、43乙型はジェットエンジン(ネ20)を1台を胴体後部につみこんで後続距離がなんと、278キロもあったりします。ただし、水平最大速度が569キロしか出ないので、突入にあたり急降下で速度をかせぐ必要があると思われます。また離陸にはこの画面左から右にトロッコに固体ロケットエンジンを積んだ物を使い滑空離陸します。
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★さて、今回このカタパルトを見に行ったついでに、地元の人に当時の事を聞いてみました。もちろん当時の事を知る高齢の方たちばかりに聞いてきましたが、このカタパルトの事をみなさん滑走路と呼んでいたりしました。当時この滑走路構築には50人ぐらいの部隊がやって来て村の公民館に宿箔して、構築していたそうです。また、格納用の横穴を木の支柱などの補強材を使って、滑走路の後ろの崖にもうけたそうです。計画では25機収容する横穴を2本作る事になっていたらしく、ほぼ終戦時には完成していたようです。戦後横穴式格納トンネルに入ってみた人の話しでは、横穴は木の支柱で作られていてトロッコ用の線路が引かれていたそうです。この構築部隊は地元の人の話しによると、もしかすると操縦要員がふくまれていたようで、伏龍部隊のようにすべて自分達で計画をすすめるようになっていたみたいです。★左写真は滑走路先端から見た滑走路。柿の木の奥に菜の花畑があり、その奥の茂みの中にジェット特攻機桜花43乙型横穴式格納庫が2本あったようです。この滑走路の長さは50メートルぐらいかもしれません。また格納庫は桜花43乙の全長から考えて、50メートル以上と考えられます。
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★左写真はカタパルト先端部分。トロッコのレールが止めてあった穴。現在はシダやシノブなどが目を出し、戦後すでに60年の歳月を感じさせる。
★桜花43乙型練習機は、桜花11型滑空練習機K-1を複座化して、すでに昭和20年6月27日に射出実験に成功しており20年9月に戦力化されると言われ、もし戦争が長引いていたら特殊攻撃機橘花より早く実戦配備されたジェット機になる可能性があったかもしれない。(練習機名はK-2と呼称されているかもしれない)★配備練習部隊722空は昭和20年4月前後にすでに活動しだしていた事も特筆すべき事である。
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