2000年7月29日開設
いしづかあきら 命の輝き、心の風景 絵画展
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| 姓 名 | 石塚 亮 e-mail zuka@mrj.biglobe.ne.jp |
| 生年月日 | 1955年1月14日 今年48歳 |
| 住 所 | 愛知県豊橋市 |
| 画 歴 | 20歳(1975年)から絵を描き始める 25歳(1980年)で近代日本美術協会出品 27歳(1982年)同会会友 29歳(1984年)同会会員 80年代、中日展などコンクール入選経験あり 37歳(1992年)同会退会 現在に至る もっぱらアルバイトしながら絵を描いている。 |
| 家族構成 | 1人暮らし 父は99年1月、母は2001年11月逝去。 妹は結婚して3児の母となり、焼津に住んでいる。 |
| 趣 味 | アウトドア; カヌー・キャンプ遊び 音楽鑑賞; クラッシックではレスピーギ、ラフマニノフ、ルーセルなど その他エンヤなど癒し系の音楽 |
どうして絵を描くのかな?
描きたいのはなぜかな?
生きた証を残すため?そう思っていたのは若い頃。
ただ描きたいから。そうでもない。描くのが楽しいというわけでもない。
ただ、描き終わった後の充実感は確かにあるな。満足のいく絵が描けたとき、その絵を眺めるのは実に楽しい。
素敵な人との出会いや別れ。すばらしい風景との出会い。
その時その時の感情を表すため。
私が死んだら絵は残らなくてもいい。
残された絵はゴミになるか、名作になるかの二つに一つ。名作として残せる人はほんの一握り。私はその器じゃない。
今のうちに謝っておきます。ゴミ処分の手間を増やしてごめんなさい。
まだまだゴミを作り続けていきます。
生きた証はいらないよ。今実際に生きているんだから、それだけで充分じゃん。
どうして人は生きた証を求めるのかな。生きた証を残そうとして、そのほとんどは忘れられてしまっている。それでも自分だけはと必死で残そうとしている。
なんだかそういうのはちょっと寂しいね。
だったら必死にならなくてもいいから生きていることを実感することの方が幸せだと思うけれど。
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目次について(左のフレーム) | ||||
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GALLERY 1 | ||||
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閑話休題のページ | ||||
GALLERY 2
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| ・ 心の風景 |
| ・ 絵画A自由テーマ |
| ・ 絵画Bオプティカル作品 |
GALLERY 3 次の5つのページに分かれています。
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輝きのページ |
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中学3年生の時、美術の教科書に載っていたサルバドール・ダリの作品を見て、こんな絵が描きたい! と思うようになりました。そして就職した後、20歳で油絵を始め、
以来25年あまりに渡って描き続けてきました。
あまり明るい作品ではありませんでしたが、母の死がきっかけで絵が変わってきました。「絵画その2」の「心の風景」のページはその影響で描かれたものです。
これまで自然の風景は描いたことがありません。それが何故か母が亡くなる1ヶ月ほど前から母の姿を見ていて心の中で「こういう風景を描きなさい」と追い立てられるように描き始めました。
私自身の経験や、今まで生きてきた中での自分の心の中で感じたことを絵にしたものです。
25年間も絵を描いているのに、いまだにアトリエというものを持ったことがありません。幸い、車庫があり、そこで絵を描いています。車庫は冬は寒く夏は暑く、季節に応じた気温変化。
冬は描いているうちに体が熱くなってきて、我慢できますが、夏はしたたり落ちる汗で、画用紙やキャンバスを濡らしてしまうことがあります。
趣味はアウトドア遊びです。仲間は十数家族に上ります。30代の頃までは、カヤックなどに乗って過激に激流の中で遊んだりしていましたが、四十を過ぎると体力的に無理が出てきて、流れのない川でカナディアンカヌーをのんびり漕いだり、川下りはできるだけ漕がなくてもいいように適当な流れがあり、かつ風景の良い川でキャンプを楽しみながら・・ということが多くなってきました。また、最近では、里山トレッキングなどもやるようになってきました。
21世紀になった今、こういうふれあいがこれからもっと大切になるのではないかと実感します。今の子供達が将来大人になったとき、戦争のない世界になってくれればいいと、期待を抱いています。
そのためにも過去の不幸な出来事は言い伝えていかないと!!果たして私にどこまでそれができるか!!